1.裁判官は「関連性」よりも「必要性」が好き
実務家(裁判官)は、「関連性」概念を狭く解釈しています。
もっと「関連性(はない!という主張)」を活用していくべきだと考えました。
【関連性の現れた条文】
刑事訴訟規則189条1項 「証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。」
【必要性の現れた条文】
刑事訴訟規則189条の2「証拠調べの請求は、証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して、これをしなければならない。」
刑事訴訟規則199条1項「証拠調については、まず、検察官が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるすべてのものを取り調べ、これが終つた後、被告人又は弁護人が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるものを取り調べるものとする。但し、相当と認めるときは、随時必要とする証拠を取り調べることができる。」
@アメリカの裁判所では、証拠の「関連性」が審査されます。
@日本の裁判所では、証拠の「関連性」がほぼスルーされます。
関連性の代わりに証拠の「必要性」を裁判官の広い裁量で審査しています。
「裁判員裁判における証拠の関連性、必要性判断の在り方」
裁判員裁判における証拠の関連性,必要性判断の在り方
ウ ところで、自然的関連性、法律的関連性、いわゆる証拠禁止は、実際の判断における相互の限界は必ずしも明確ではない(注5)。さらに証拠調べの必要性を判断するに当たっても、証拠の関連性の程度が問題となることは多く、結論として証拠採用しないとしても、その理由を、関連性がないとするか、必要性がないとするかは、実際には相当に微妙な問題でありうる。率直にいえば、関連性がないものと取り扱われるべき場合はある程度、限定又は定型化されており、それ以外の場合について、証拠の証明力の有無やその程度が問題となる場合を含め、幅広く証拠調べの必要性の問題として取り扱っているのが実務の運用ではないかとも感じられる(注6)。
(注5)平野龍一『刑事訴訟法』192頁,193頁(有斐閣、昭和33)は、これらが排他的なものではないとした上で、個々の規定を解釈するにあたって留意すべき三つの異なった観点であると指摘する。
なお、笹倉宏紀『証拠の関連性』
法教No.364(2011)28頁は、ウィグモアが関連性と悪性格の立証の禁止や伝聞法則といった証拠法則との混同を戒めていたことからすれば、平野の提唱による法律的関連性の観念は、母法の概念の大胆な換骨奪胎であると指摘した上、特定の証拠法則を自然的関連性、法律的関連性、証拠禁止のいずれかに分類することの困難性を強調する。
(注6)安廣文夫「証拠裁判主義」『大コンメンタール刑事訴訟法(5)Ⅰ』(青林書院、平11、122頁ないし138頁)127頁・128頁は証拠の自然的関連性よりも、より厳しい基準で訴訟経済に反する証拠を排斥するための「証拠調べの必要性」
という概念の方が、はるかに重要な基準を果たしているといってよいと思われると指摘する。
【筆者コメント】
裁判官が率直に言って(ぶっちゃけて)くれたことに好感が持てます。
・「関連性なし」or「必要性なし」で却下は「実際には相当に微妙な問題である。」
・「関連性なし」は「ある程度、限定又は定型化されて」いる(⇨「関連性パターン」が存在する)。
・「必要性なし」は「(↑限定又は定型化した関連性なし)以外の場合について」、幅広く取り扱っている。
2.「必要性」審査にはルールがない無法状態
問題は、裁判所の「必要性」審査のルールが法定されず、
いわば、各裁判官の「直観任せ」で運用されていることです。
裁判官が「直観任せ」になる一因は、
(多くの)証拠採否決定の判断時点で、
裁判官は、証拠書類(書証)の内容を読まずに
証拠等関係カードの情報(標目や立証趣旨)のみを見て、
他の証拠の採用状況や、被告人質問、各証言に鑑みて
「必要性があるかどうか」を判断することにあります。
そして、必要性審査には幅広い裁量があるため、
(採否に)異議⇨(必要性)却下した判断について
上訴審で裁量の違法性が問われることが(ほぼ)ない。
必要性は、裁判官にとって使い勝手の良い概念です。
「なんか、必要そう。」
「なんか、不要そう。」
裁量だから、コレで決定をしても違法ではない。
■被告人質問先行後の「必要性」審査の例
筆者は、被告人質問先行の記事において、以下の指摘をしました。
法322条により、被告人の供述調書(乙号証)を
採用するかどうかの「必要性審査」において、
裁判官は、検察官に対して、請求するかどうかを釈明をしている。
しかし、裁判官は、「被告人質問(検察官の反対質問)で何が不足するのか」という
具体的な質問をしていない(必要性の釈明をしていない)という指摘です。
(関連記事より引用)
【必要性の審査について】
裁判官は、AQ後の(1)必要性の審査にあたって、
検察官の「論告のため乙号証もほしい」という需要に応じるべきではなく、
「法廷供述が心証形成に十分か」という観点で審査しなければなりません。
検察官がAQ後に法322条請求をする場合には、
裁判官は「検察官は法廷供述以上に乙号証で何を立証する予定ですか」と
立証計画を釈明をしたうえで、弁護人の意見を聴取するべきです。
(検察官の抽象的な需要だけでは、弁護人も抽象的に「不必要」としか答えられません。)
弁護人は、裁判官が「不必要」却下してくれれば全く問題ないのですが、
P法322条請求→J採用する場面では、
裁判官の検察官に対する釈明事項が整理できていない印象です。
このような裁判官と検察官のやり取りであれば、
弁護人も具体的な意見と異議を出せると考えられます。
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、住民票・前科調書は採用します。
乙号証のうち、その余の供述調書は採用留保します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
B「主質問(罪体・犯情を聞いた。動機は金欠。 )」
P「反対質問(罪体・犯情を聞いたが、金欠以外の動機を聞き出せなかった。論告は、供述調書をソースとして動機は大金欲しさで身勝手との記載がある。)」
J「補充質問」
⇨被告人質問先行
P「乙号証(乙2・乙3・乙4)を法322条請求。」(乙号証:動機は大金欲しさ。)
J「検察官は法廷供述以上に、乙号証で何を立証する予定ですか」(必要性の釈明)
P「被告人は、動機を金欠だと法廷で供述しましたが、
被告人の供述調書では、動機を大金欲しさであると供述しています。
不利益な事実の承認を立証したく、法322条請求します。」
J「乙2・乙3・乙4すべて必要ですか?必要な範囲を特定できますか。」
P「乙4(APS)の3項と4項を請求します。その余は撤回します。」
J「弁護人、ご意見は」
B「必要性・関連性なし。相当性なし。被告人は、先程の被告人質問において、 動機を金欠であると具体的に供述しております。検察官には、反対質問の機会が与えられて、十分に供述しましたから、供述調書を請求する必要性・関連性がありません。 また、検察官が、作文である供述調書をもって法廷供述を補充する態度には、相当性が認められません。」
J:乙号証の法322条請求の必要性なしで却下→終了(検察官が異議)
J:乙号証の法322条請求の必要性ありの心証→続く
J「弁護人、任意性・信用性を争いますか。」
B「任意性は争いません。信用性は争います。」
(※任意性フォーミュラを使えば、ここで不任意の効果が発動します。)
J「乙4(APS)の一部請求部分(3項と4項)を採用します。」
B「只今の裁判所の証拠採用決定について異議がございます。+■法令違反の中身の主張」
(法309条「証拠調に関し異議」、規則205条但書:「法令の違反」、規則205条の2:「直ちに」)
J「異議を棄却します。」(規則205条の5)
弁護人個人の感想として…
裁判官が現場の若手検察官に対して、手加減を見せている場面だと感じます。
「被告人質問先行で論告が落ちたら、あとで上司に怒られちゃうよね…
かわいそうだからあまり責めないで、法322条で採用してあげよう。」と。
美談かもしれないけれど、作文を採用される被告人の不利益を考えてほしいです。
村井宏彰弁護士は、季刊刑事弁護95号(2018年7月)掲載の論文で、
法322条請求時において、
1.乙号証の「どの部分が不利益陳述にあたるのか」特定しない検察官
2.乙号証の「必要性について言及しない」検察官
の問題について指摘されています。
刑訴法322条1項で請求するのならば、
どの部分が不利益陳述にあたるのか等を特定しなければならない。
主質問で顕出されたこととは重複する。
そもそも、刑訴法322条1項の請求は、証拠能力の問題である。
主質問を経てもなお被告人供述調書の取調べが必要な理由が必要である。
そうであるのに、単に「刑訴法322条1項で請求する」というだけで、
必要性について言及しない検察官が圧倒的に多い。
季刊刑事弁護95号(現代人文社@2018年7月・36頁より引用)
非裁判員裁判における審理の在り方―被告人質問をもっと「先行」しよう!
【弁護人への釈明タイミングまとめ】
弁護人から証拠意見を聞いた直後のタイミングで任意性を釈明する必然性はなく、
AQの後の法322の請求のタイミングで釈明すれば、次回公判の予定は立てられます。
この点は、最高裁判所や司法研修所で研修内容の見直しが必要と考えます。
(関連記事より引用・以上)
冒頭に述べたように、
「必要性なし」は、裁判所の広範な裁量判断です。一方で、
「関連性なし」は、裁判所の裁量はない(狭い)はずです。
そうであれば、
弁護人は、「(乙号証は)不同意。」としたうえで、
なぜ「被告人質問先行のため関連性なし。」と書かないのか。
「関連性」とはなにか?について興味が湧きました。
ただし、以下の【学会の話】を整理すれば、
「関連性ナシ」を弁護人が主張しても、
「必要性ナシ」として裁判官の頭の中で変換され、
結局、裁量判断がされてしまうように思います。
ところで、2024年の関連記事には、
供述調書の任意性を争う書式を掲載します。
(これを、「任意性フォーミュラ」と呼称します。)
被告人質問先行の趣旨で乙号証を「不同意」と証拠意見する場合にも「任意性を争う」べきだという提言~任意性フォーミュラ~【弁護人向け】©2024川口崇弁護士
筆者が、弁護人の立場で言えば、
「B不同意⇨J不採用」を貫徹するためには、
「必要性なし」と主張するに留まらず、
「任意性を争う」主張をするべきだと考えます。
(詳しくは、任意性フォーミュラの関連記事で述べます。)
3.【刑事訴訟法学会の話】
2018年、「証拠の関連性」の機能不全 を
笹倉宏紀教授が論文で鋭く指摘しました。
元受験生(現在の実務家)のほとんどは、
「関連性」を無意味な議論(≒受験用論点)
として整理していると思われます。
(趣旨規範HBに限らず、どの予備校本も関連性の本質を説明できません。)
(平野博士の)「証拠の関連性」に関する博士の説明も実は誤解されている。(略)
「証拠の関連性」に関する誤解は、一方では無意味な議論-特定の証拠法則を自然的関連性、法律的関連性(と証拠禁止)のいずれに分類するかという区別に拘泥する傾向-を誘発して法学教育の現場に悪影響を及ぼし、他方で、それが本来担っていたはずの、事実(に関する主張)と証拠の選別の機能を実務上果たし得ない事態を生じさせて今日に至っている。
後者の事実と証拠の選別に関わる「証拠の関連性」の機能不全の要因の一半は、「精密司法」の伝統に求められるのかもしれない。「事件の全容」を解明することに関係者すべてが「熱意」を傾け、当事者が大量の証拠を提出し、裁判所もできる限り多くの証拠を検討した上で結論を得たいと考える「精密司法」においては、事実に関する主張や証拠の選別を徹底することの必要性が感じられなかったのはごく自然である。だからこそ、訴訟の進展に応じてあらゆる事情を取り込むことができ、かつ裁判所の職権主義的な裁量判断を許す「証拠調べの必要性」という概念が愛用されてきたのであろう。しかし、裁判員裁判の導入に伴い、「当事者主義の実質化」が叫ばれ、他ならぬ平野博士が創案した「核心司法」という標語が法曹三者を指導する共通理念となった今、「事件の核心を突いた」審理を可能にする道具概念として「証拠の関連性」がその真骨頂を発揮する環境は整ったはずである。それにもかかわらず、それが依然として休眠したままであるのは、学説も実務も「証拠の関連性」概念の理解の基本において「つまずいて」しまっており、「証拠の関連性」がそのような機能を担いうるものであること自体を関係者の多くが知らないからであろう。
(3) その「つまずき」をより具体的に述べれば、次のとおりである。
法学部で刑訴法の基礎的知識を習得しているはずの法科大学院の学生との授業でのやり取りや、実務家との会話から推すに、「証拠の関連性」については、証拠とそれによって直接に証明しようとする事実の間の結びつきの問題であるという思い込みが蔓延しているように思われる。実際、「自然的関連性」が否定される場合としては、偽造ないし変造されたことが明らかな証拠、取り違えられたことが明らかな証拠、いわゆる科学的証拠や、噂、風説、想像、単なる主張·意見(起訴状もこれに含まれる)など、直接証明すべき事実との間の関連性を欠くものだけが挙げられることが多い。それが実務家の間で一般的であるのだとすれば、この概念が実務上これまでほとんど機能していないのはごく自然の成り行きである。
ところが、母法では、この概念は、事実と証拠を整理するものとして現実に用いられている。関連性概念は、証拠により直接証明されるべき事実との関係ではなく、むしろ、その事実と最終的な要証事実との関係(つまり、間接事実ないし情況証拠と主要事実との関係)を問題とするもの、つまり、大量の間接事実(と思しきもの)が公判で漫然と主張、立証され、時間を浪費する事態を抑止し、主要事実の認定に役立つ蓋然性のある証拠だけを証拠調べの対象とすることを可能にするものとしてこそ機能している。その意義と機能は、ロースクールの証拠法の授業で徹底的に叩き込まれる。その「証拠の関連性」という道具をせっかく母法から継受したにもかかわらず、我々は、それを使いこなせていないのである。
刑事裁判所の証拠採否裁量を規律する準則―「証拠の厳選」論に対する批判的考察―
(上智大学法科大学院・
角田雄彦教授・弁護士)※母法とされるアメリカ合衆国の連邦証拠規則「関連性」(relevancyとmateriality)について、詳しい。
狭義の relevancy を有しているというためには,その証拠が要証事実を「証拠の優越」により証明できるまでの性質を要求されているわけではなく,単に「その証拠がないよりもあった方が事実の存在を より確からしくするか より不確かにする 性質を持っている」ことが要求されるだけである。
「基本刑事訴訟法(I・II)」のコラム。
●コラム● 自然的関連性・法律的関連性・証拠調べの必要性
自然的関連性も法律的関連性も、基本的には要証事実に対する推認力の強弱を問うものであり、その観点は共通している。
法律的関連性は、事実誤認のおそれがある証拠を排斥する機能を有するものと説明されるが、事実誤認をもたらすということは推認力が弱い(証明力が乏しい)ことを意味するとも評価できる。そうだとすれば、自然的関連性にせよ法律的関連性にせよ、結局は証明力が乏しい証拠に証拠能力を認めないということであり、両者を区別する必要はないとの理解もある。そのような理解からは、自然的関連性も法律的関連性も「関連性」に一元化されることになる。実際、アメリカの連邦証拠規則は関連性(relevancy)という概念の中で推認力の低い証拠の証拠能力を否定する枠組みになっている。これに対して、実務では証拠調べの必要性という概念が用いられる場合が多い。主として、重複立証に当たるか否か、最良の証拠(ベスト・エビデンス→7講2(3))といえるか否かという観点から証拠を選別するときに用いられる。もっとも、裁判所が法律的関連性のような観点から証拠調べ請求を却下するときには、しばしば「証拠調べの必要性がない」と説明することもある。事実誤認をもたらすおそれのある証拠の採否を証拠調べの必要性の問題とすることの実質的な意味は、裁判所の証拠採否裁量の問題として扱うことにある。
また、証拠によって証明されるべき事実が、仮に証明されたとしても、判決への影響力を有する程度の重要性(materiality)がない場合には、当事者が証拠調べ請求をしても、裁判所は証拠採用しない。例えば、強制性交等被告事件において、被告人の犯人性を立証する趣旨で、被告人のインターネット上におけるわいせつ画像の検索履歴を証拠調べ請求しても、裁判所は証拠採用しないであろう。そのような判断に関する説明として、(1)証明されるべき事実の重要性の有無を関連性の中に組み込んだ上で、関連性を欠くからだとする見解と、(2)証明されるべき事実の重要性の有無を証拠調べの必要性の問題として捉えた上で、証拠調べの必要性がないからだとする見解がある。公判前整理手続などの場面で証拠採否を検討する際の視点となる(→8講義1(3)シ)。
このように、関連性に関わる概念には種々のものがあるため、学習の際には注意を要するところである。
前科証拠に関わる平成24年判決で、自然的関連性という言葉は用いられたが、判例において法律的関連性という言葉は未だ用いられたことはない。平成24年判決も、前科証拠について自然的関連性がありうることに言及し、事実誤認のおそれや争点の拡散のおそれを踏まえて証拠能力を判断すべきだとしつつ、「証拠の取調べ請求を全て却下した第1審裁判所の措置は正当」との言い方で締めくくった。証拠の関連性の有無と「証拠調べの必要性」「証拠調べの相当性」と呼ばれる裁判所の証拠採否裁量の関係は、必ずしも判例上は明確ではない。事実誤認のおそれや争点拡散のおそれといった諸点については、裁判所はしばしば証拠採用の際に、「証拠調べの必要性」を検討する枠組みの中で考慮してきた。
司法研修所編『科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方』(法曹会、2013年)は、これらの概念の関係について、次のような整理を試みている。
第1に、自然的関連性は必要最小限の証明力を意味する。
第2に、これまで実務上「証拠調べの必要性」として裁判所が裁量的に判断してきた事項を2つに分別できるとする。
すなわち、証拠の積極的な価値の高さの有無や、事案や争点に関連しない無駄な審理を回避する視点(審理の合理化)から証拠の採否を判断する場合を、「証拠調べの必要性」の有無という形で表現する。科学的証拠に即していえば、科学的証拠から直接認定できる事実、その事実を含めて構成される間接事実の価値は、「証拠調べの必要性」の有無という形で吟味されることになる。他方で、証拠調べに伴う弊害、判断者に混乱や誤解を与えるおそれの有無は、「証拠調べの相当性」で吟味すべきだとする。科学的証拠に即していえば、科学的証拠から生じる混乱・誤導のおそれの有無が「相当性」で吟味されることになる。
以上の理解によれば、実質的には、法律的関連性は、証拠調べの必要性の枠内で、「相当性」の有無という形で検討されることを意味する。しかし、そもそも自然的関連性と法律的関連性を分離させること自体にも異論がある上、法律的関連性を裁判所の証拠採否裁量の中で考慮する形にすることが適切なのか等の議論がある。
二 いわゆる「法律的関連性」の意義
「法律的関連性」は講学上の用語であって、法律上の用語ではない。アメリカ証拠法においては、関連性を有していてもその証明力は高くなく、証拠調べによってもたらされる不当な予断等により事実認定を誤る危険性の方が証明力を相当上回る証拠を排除する、事実審裁判所の裁量的権限が肯定されている4)。連邦証拠規則403条に代表されるように、当該権限を明文化している法域も多い。アメリカにおいて、このバランシング・テスト(利益衡量審査)による証拠の許容性を、“legal relevancy”と呼んでいる法律文献も見られる(ただし一般的というわけではない)5)。利益衡量による許容性審査は事案毎にすべての証拠を対象に行うことができ、悪性格証拠の排除法則や伝聞法則の例外を満たす証拠であっても、利益衡量審査の対象になる6)。これに対し、日本の裁判実務においては、証拠調べに伴う弊害は証拠調べの必要性(ないし相当性)の枠組みの中で考慮すべきとの見解が有力化している7)。当該見解に従えば、日本では連邦証拠規則403条のような許容性審査の枠組みは余計であることになろう。
しかしながら、アメリカ証拠法における利益衡量による証拠の許容性審査は、証拠調べの必要性判断とは「似て非なるもの」である。連邦判例によれば、前者は、証明力を最大に見積もり危険性を最小に見積もって行うべきであると理解されている8)。そのため、利益衡量審査による証拠排除は、排除すべき理由を明確に説明できる場合の例外的措置ということができる。これに対し、日本の裁判実務において証拠調べの必要性は、必要でない理由の具体的説明を要しない裁判所にとって使い勝手のよい枠組みとして用いられてきた。それゆえ、証拠調べの必要性の枠組みによる証拠の採否は、刑事訴訟法298条が保障する証拠調べ請求権の軽視につながりかねないという本質的問題を孕んでいる9)。日本の裁判実務における証拠調べの必要性の枠組みへの依存の前提には、証拠の許容性審査だけでは「証拠の厳選」(刑訴規則189条の2参照)はできないという理解があるように思う。しかし、陪審制をとるアメリカにおいて証拠調べの必要性という職権色の強い枠組みに頼らずとも、証拠の厳選はできているのであるから、この点はアメリカ証拠法の詳しい研究が必要だろう10)。検察官や弁護士からは、証拠調べ請求権の保障の観点から、刺激証拠の採否も利益衡量による証拠の許容性審査の枠組みの中で行うべきことを支持する見解が有力である11)。
このほか、関連性について、司法研修所論文が詳しい。
「証拠の関連性」と「証拠調べの必要性」(
成瀬剛教授)
※2024年8月発売。最新の関連性の研究です。
図解入りで、高度な内容が解説されています。
「関連性」の裁判例。
最二小判平成24・9・7刑集66巻9号907頁
百選10版 62同種前科による事実認定●笹倉宏紀教授
百選11版 60同種前科による事実認定●細谷泰暢(東京地裁判事)
〆
横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇
著作権法32条1項に基づく引用
・本稿の引用論文は、
著作権法32条1項の「批評、研究」の目的で引用しています。
・本稿の引用論文は、各著者・各出版社・各弁護士会が著作権等の権利を有します。
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