乙号証の「不同意。必要性なし」意見に関する考察~認め事件で乙号証を不同意とすべき視点から~【弁護人向け】©2023川口崇弁護士
![]() |
B🤝A「乙号証は不同意。必要性なし。」⇨被告人質問先行 ©1986 Studio Ghibli |
📄論文形式のPDFファイルを公開しました📄
📖Word:乙号証不同意の証拠意見書(任意性を争う書式~任意性フォーミュラ~)
![]() |
🆕76期等、新人弁護士さん用に証拠意見書を作成して公開しました🆕 |
(本稿は追記する場合があります)
目次
1.はじめに
乙号証を「不同意。必要性なし」と意見しています。
【記事の概要】
本稿は長文ですので、概要をまとめました。
・弁護人は、乙号証の供述調書を「不同意。必要性なし」と意見するべきです。不同意意見のメリットを指摘しました。
・弁護人が被告人に乙号証を読み聞かせて事前に被告人に明示の意思確認をしていなければ、「すべて同意」の証拠意見をした弁護人はヒヤリハットに足を踏み入れる、という事実を言語化して指摘しました(おそらく日本で初めて)。
・乙号証を不同意にする方が、同意にする場合よりも、タイムパフォーマンスに優れることを分析して指摘しました(おそらく日本で初めて)。乙号証に同意する前提として「弁護人が被告人に乙号証を読み聞かせて事前に被告人に明示の意思確認する時間がかかる」から、同意はタイパが悪いです。
・「乙号証を不同意(被告人質問先行)にすると準備に時間がかかる(けどやるべき)」という誤解を与える説明がされますが、この説明が事実に反することを指摘しました。
![]() |
本稿では「通常事件」かつ「認め事件」の乙号証の証拠意見を解説します。 |
【本稿作成の契機】
筆者が、現在、シェアウェアとして公開している
記録証拠品謄写申請書(様式第1号)Excel版 において、
乙号証のうち供述調書の証拠意見を不同意としました。
「なぜ、乙号証を不同意にするべきか」に関して
詳しくまとめたので、Excelとあわせてご覧いただくことを願います。
(いまや、本稿は大作になってしまいました…)
2.乙号証は「不同意。必要性なし」
2-1 本稿の趣旨
刑事裁判において、検察官は、請求する証拠を甲号証と乙号証に分類して請求しています。
■乙号証:被告人の供述調書(AKS警察作成、APS検察作成)、
このほか前科調書、住民票・戸籍、外国人の入国関連資料
■甲号証:乙号証以外の犯罪の立証に使われるメインの証拠
本稿は、乙号証のうちAPS・AKSの弁護人の意見を
「不同意。必要性なし」とすることを推奨するものです。
シンプルに結論を申し上げれば、
乙号証を「不同意」と意見した場合に、
弁護人と被告人のデメリットはありません。
実は、弁護人と被告人のメリットが大きいと考えます。
(参照:2-6 乙号証を「不同意」にするメリット)
![]() |
否認事件でも認め事件でも「不同意」の証拠意見は共通です。 否認事件では当然に「不同意」です。否認事件では、必ずしも罪体を認める法廷供述をしないため、認め事件とは異なり「必要性なし」と書かない方が良いです。 |
ぜひ「不同意。必要性なし」の証拠意見を積極的に述べるべきです。
![]() |
不同意乙🐉:乙号証は不同意🐉 |
【証拠意見書のイメージ(例示)】
乙号証の証拠意見書は、以下のイメージです。
乙第1号証(身上調書)は、不同意(or一部同意)。
乙第2号証(AKS)は、不同意。必要性なし。
乙第3号証(APS)は、不同意。必要性なし。
乙第4号証(前科調書)は、同意。
乙第5号証(住民票・戸籍)は、同意。
※身上調書のAKS(上記:乙第1号証)を
(全部)不同意にした場合に、裁判官が
「身上調書は同意できませんか?」と打診することがあります。
中級者以上は、身上調書も「不同意。必要性なし」で問題ありません。
具体的な証拠意見書が無いとイメージも難しいと思い…
🆕76期等、新人弁護士さん用に証拠意見書を作成して公開しました🆕
筆者は証拠番号まで特定できないため、汎用性のある内容としました。
本稿では「不同意。必要性なし。」を推奨します。
◯「不同意。必要性なし。」⇨「不同意」で論理必然に被告人質問先行になり、直接供述するから供述調書は「必要性なし。」だと裁判官がわかる。
△「不同意」⇨「必要性なし」がないため、裁判官に不同意の理由を聞かれる。(被告人質問先行だけの趣旨か、さらに任意性を争う趣旨か。)
△「留保」「留保。必要性なし。」⇨被告人質問後、検察官が撤回しないと改めて証拠意見を聞かれる。このとき、弁護人は当然「不同意。必要性なし」と意見するため二度手間となる。
✕「同意。ただし被告人質問を先行されたい。」⇨被告人質問後、検察官が撤回しないと証拠採用されてしまう(可能性が高い)。
☠✕「すべて同意」✕☠⇨①なにも考えていない弁護人の意見(と見られる)。②被告人質問実施前に乙号証の作文が読み上げられる・AQ後行の危険性が高い。③「被告人の明示又は黙示の意思に反する代理行為は無効であると解される」(裁判例)。④③⇨被告人に乙号証を読み聞かせて事前に被告人に明示の意思確認をしていなければ、弁護人はヒヤリハットに足を踏み入れる。(被告人の法廷供述が供述調書と異なる危険性がある。)
![]() |
「すべて同意」意見は、弁護人のヒヤリハット事案です。 |
「任意性を争うか」「信用性を争うか」の釈明について
弁護人が乙号証の「不同意」意見を述べた場合に、
裁判官は【被告人の自白調書の取扱い】(古いテンプレ)に従って
弁護人に①「任意性を争うか」②「信用性を争うか」、<不同意理由の釈明>をすることがあります。
(一橋大学村岡啓一教授)「被告人供述調書の取扱い : 現状を打開するために」を参照。
プロシーディングス刑事裁判〈平成30年版〉57頁【図16】も同旨(初版54頁も同じ)。
![]() |
【被告人の自白調書の取扱い】(論文より引用。原典は司法研修所) B不同意⇨J「任意性を争う」or「信用性のみ争う」を釈明しがち。 |
![]() |
プロシーディングス刑事裁判〈平成30年版〉57頁(初版54頁)【図16】 弁護人の意見:不同意 [ 信用性を争う趣旨 ] [ 任意性を争う趣旨(任意性の疑いの根拠の主張) ] |
弁護人は裁判官の不同意理由の釈明があった場合に回答を求められます。
◎裁判官が「AQ先行の趣旨ですか」と的確に釈明すれば、弁護人は「はい」と回答すれば足ります。
①任意性を争う場合は「不同意。必要性なし。任意性を争う。」と明記してください。
任意性を争わない場合は記載不要です。裁判官の釈明があれば「任意性は争わない。信用性は争う。」と口頭で回答してください。
②信用性は「争う」「争わない」を明記する必要はありません。
裁判官の釈明があれば口頭で「任意性は争わない。信用性は争う。」と回答してください。
![]() |
弁護人が裁判官の釈明に慌てないようにまとめました |
乙号証はAQ後に検察官が撤回することも多いので、本来、
弁護人の証拠意見直後の「任意性」と「信用性」の釈明は先走ったタイミングです。
裁判官は、AQ後に検察官の法322条の請求があった段階で釈明すれば足りる、と考えます。
関連記事「4.任意性・信用性の釈明のタイミング」で指摘しました。
![]() |
【被告人の自白調書の取扱い・令和版】©2023川口崇弁護士 |
先述の【被告人の自白調書の取扱い】(古いテンプレ)では、
「任意性を争う」or「信用性のみ争う」の二者択一と整理されます。
(村岡論文では、この整理を「誤った二者択一の問題」だと批判しています。)
B「任意性を争う」⇨J「追加審理の可能性がある😱」
B「任意性を争わない」≒「信用性のみ争う」⇨J「追加審理の可能性はない😁」
もっとも「必要性なし」は「任意性・信用性以前に、必要性がない」という意見です。
裁判官は「誤った二者択一」ではなく「必要性がない」か検討する審理を先行するべきです。
①任意性を争う場合は、「不同意。必要性なし。任意性を争う。」と明記してください。
任意性を争わない場合は、裁判官の釈明があれば「任意性は争わない」旨を口頭で回答してください。
※典型的な任意性を争う事例(強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白)ではない場合にも、「供述調書」一般の作成過程をもって「任意性を争う」争点の主張をすることができます。簡易裁判所等の裁判官が、「必要性なし」意見により被告人質問先行をさせなければいけない場面で、被告人質問実施前に法322条請求を採用してしまう危険があるパターンで、「必要性審査」に加え「任意性審査」を求めることで、被告人質問先行をより強く求めることができます。(通常は、不同意意見だけで、被告人質問先行になるため、任意性を争う証拠意見書は必須ではありません。)この意見書の狙い・ゴールは、被告人質問による「任意性審査」自体(及び副次的な被告人質問による「必要性審査」)です。これは「任意性審査を目的とする任意性主張」です。
📖Word:乙号証不同意の証拠意見書(任意性を争う書式~任意性フォーミュラ~)
被告人質問先行の趣旨で乙号証を「不同意」と証拠意見する場合にも「任意性を争う」べきだという提言【弁護人向け】
弁護人が「任意性」(憲法38条・法319条1項、同法322条1項但書)を争うと、
一般に、次回期日以降に、取調べを担当した捜査官
(警察官や検察官)の証人尋問を実施する流れとなり、
日程を調整しなければならない可能性があるため、
裁判官は、弁護人が「任意性を争う趣旨」なのかを気にします。
令和時代に「任意性を争う」事件は少ないです。
「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会第5回会議(令和5年2月21日)」(法務省)
「供述の任意性が争われた事件における供述の任意性に関する裁判所の判断状況」(配布資料13)
任意性を争う刑事事件は年間で数十件であり、
年間数万件の刑事事件の中では約0.1%と極少数です。
この中で認め事件では「殊更に任意性を争うべき事件」の割合は否認事件よりも低いでしょう。
ただし、認め事件でも、任意性を争う事件が全く無いわけではありません。
白表紙の「刑事弁護の手引き」では
「不同意。任意性は争わない。」と明記しています。
しかし、本稿では、読者の弁護人に「任意性を争わない。」ことが
「当たり前だ」と誤解されることを避けるため、記載していません。
本稿は、あえて「不同意。必要性なし。」の記載に留めて推奨しています。
![]() |
任意性を争うと捜査官の証人尋問の可能性がある |
刑事訴訟法上、以下のパターンで供述調書の「任意性を争う」可能性があります。
■法319条1項:「自白」⇨自己の犯罪事実の全部または主要部分(例えば構成要件該当事実)を肯定する被告人の供述。
「強制、拷問又は脅迫による自白」
「不当に長く抑留又は拘禁された後の自白」
「その他任意にされたものでない疑のある自白」
■法322条1項但書:「不利益な事実の承認」⇨およそ自己に不利益な被告人の供述。自白より広義。
「強制、拷問又は脅迫による不利益な事実の承認」
「不当に長く抑留又は拘禁された後の不利益な事実の承認」
「その他任意にされたものでない疑のある不利益な事実の承認」
弁護人が「任意性を争う」場合、その理由を主張するよう求められます(争点形成責任)。
本稿は、認め事件(罪状認否で公訴事実を認める)を想定しますので、
法319条1項の「自白」を検察官が反対質問で詰問することはないはずです。
犯罪事実は、罪状認否で認めかつ主質問で認めるため、反対質問では重複になります。
※「すでにした尋問と重複する尋問」(刑訴規則第199条の13第2項第2号準用)
法322条の「不利益な事実の承認」が記載されている場合には、検察官の反対質問で詰問する可能性があります。
※認め事件のAQ先行で任意性が問題になる局面を考えてみました(本稿独自)。
弁護人の主質問で、被告人が動機・経緯等の重要な犯情を「有利に」語った場合に、
検察官の反対質問で、被疑者段階の供述調書の「不利益な」重要な犯情を質問したが、
被告人が主質問の「有利」な供述しかしなかった場合が考えられるかもしれません。
この場合、検察官は、反対質問で被告人を問い詰めることができます。
本稿では、便宜上、検察官の「詰問パターン」と呼びます。
P「被疑者段階の供述調書で「不利益な」内容を語ったことを覚えているか」
P「内容を確認して署名・指印をしたのではないか、訂正を求めなかったのか」
P「署名・指印をしたということは、供述調書に書いてある内容が真実ではないのか」
P「被疑者段階の供述調書と被告人段階の主質問で内容に変遷がある理由はあるか」
これらは、主に否認事件でみられる検察官の詰問パターンのイメージです。
なお、筆者は、過去の調書反訳等を見るまでもなく、書き起こしました。
それくらい、どの公判検事でも、この詰問パターンは共通しています。
検察官の研修過程で、組織的に教育している内容だと予想します。
しかし、筆者は、認め事件で詰問パターンをする検察官にあたったことがありません。
動機・経緯等が客観的事実とズレている場合以外で、検察官に詰問のメリットがありません。
認め事件で任意性が問題になる局面をシミュレーションしました。
シミュレーションの結果…認め事件で、供述調書の任意性が問題となる事案は例外的です。
(シミュレーション)
重要な犯情である動機が「金欠」で真逆の供述調書がある場合。
①B主質問:B「なぜ(犯罪)をしたのか」⇨A「当時はお金がなくて、犯罪をしました」
②乙号証:A「預金は100万円です。もっとお金が欲しくなり、犯罪をしました。」
(甲号証で、被告人の口座情報等の客観証拠が証拠請求されていることもある。)
※主質問と客観証拠が矛盾するB主質問の失敗例ですが、あくまで例示です。
③P反対質問:
(1)P「犯行当時、預金100万円あったのでは?」⇨A「ありました。大金欲しさでした。」(終わり。Aが不利益動機を認めた。Pが供述調書の任意性を問う必要がない。)
(2)P「犯行当時、預金100万円あったのでは?」⇨A「いいえ。ないです。」(続く↓)
(2-1)P「詰問パターン」をしない(終わり。P不合理供述で獲得十分or不利益な動機を捨てる。)
(2-2)P「詰問パターン」をする(続く↓)
(2-2-1)P詰問⇨A「動機は金欠じゃないです。大金欲しさでした。」(終わり。Aが不利益動機を認めた。Pが供述調書の任意性を問う必要がない。)
(2-2-2)P詰問⇨A「いいえ。供述調書作成時に(不任意な事情)がありました。」(続く↓)
(2-2-2-1)P@AQ後「法322条請求」をしない(終わり。P不合理供述で獲得十分orP不利益な動機を捨てる。)
(2-2-2-2)P@AQ後「法322条請求」をする(供述調書の任意性の問題になる。)
⇨認め事件では多くの場合、検察官の反対質問で
「不利益な供述に相当する法廷供述を得られる」または
「(主質問の法廷供述と)矛盾する法廷供述を得られる」ため、
法322条請求以前に獲得目標を得られ、任意性の問題になりにくい。
②信用性は「争う」「争わない」を明記する必要はありません。
裁判官の釈明があれば「信用性を争う。」と口頭で回答してください。
【釈明に対し「信用性を争う」と回答すべき理由】
弁護人から見れば、供述調書は「信用性がない」と考えられます。
裁判官から「(取調室=密室で作成された捜査官の主観混じりの供述調書の)
信用性を争うか?」と問われれば、弁護人は信用性を否定すべき立場です。
弁護人には積極的に「信用性を争わない」意思表示をするメリットがありません。
【任意性を争う場合と信用性を争う場合との違い】
裁判官は、弁護人が「信用性を争う」場合であっても、
捜査官を必ず証人尋問しなければならない流れにはなりません。
この点で「任意性を争う」場合とは裁判官の対応が異なります。
供述調書の「信用性を争う」場合にも「信用性を争わない」場合にも、
被告人質問は実施されるので、別途の証人尋問のタイムロスはありません。
【「信用性を争う」と明記しても支障はないが、矛盾する】
予め「不同意。必要性なし。信用性を争う。」と明記しても支障ありませんが、
筆者は、収まりの悪さを感じてしまうため、記載しないことを推奨しています。
弁護人が、供述調書は「必要性なし」(になる予定だ)と証拠意見を述べたのに、
検察官が「必要性あり」と判断して法322条で供述調書を請求する場合に備えて
弁護人が証拠意見書に「信用性」の意見を記載すると矛盾します。
※本稿は、認め事件を想定しています。
被告人は、罪状認否や被告人質問で公訴事実を認めるのですから、
被告人の供述調書は、信用性の議論以前に、必要性がありません。
「被告人質問を先行されたい」は無益的記載
司法研修所の「刑事弁護の手引き」等で推奨される
「不同意。被告人質問を先行されたい」との証拠意見の後半部分について
論理的に分析すると、AQ先行希望は実は不要な記載です。
弁護人が乙号証「不同意。」(前半部分)
⇨裁判官は乙号証を証拠採用できない
⇨検察官は被告人の供述調書を読み上げられない
⇨被告人質問先行型が導かれる。【論理必然の結果】
日本語の「されたい」は「してもらいたい」(希望)を意味します。
しかし、不同意では、被告人質問先行を希望せずとも、
証拠意見により必然的に被告人質問先行が導かれるはずです。
つまり「被告人質問を先行されたい」は不要(無益的)な記載です。
後半部分を述べずとも、前半部分により被告人質問先行になります。
「不同意。必要性なし。」と不同意の理由を記載するべきでしょう。
厳密には「不同意。(→論理必然に被告人質問先行になり直接供述するから、供述調書は)必要性なし(になる予定である)。」が「不同意。必要性なし。」に省略された形です。
弁護人がどうしても後半部分を書きたい場合には、
「不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。」です。
![]() |
「不同意」と「留保」は論理必然にAQ先行になるため「AQ先行希望」の意見は不要(書いてはいけないわけではないが、わざわざ書く必要がない。無益的記載です。) |
一方「同意。ただし被告人質問を先行されたい」の場合には、後半部分のAQ先行希望は意味を持つ記載です。
弁護人が乙号証「同意」⇨AQ先行後行がニュートラル⇨乙号証採用⇨ネタバレ後にAQ実施(AQ後行)に陥る危険があるため、後半部分の明示が必要です。
(ただし、本稿では「同意」意見を推奨しませんので、「不同意。必要性なし。」を選択してスルーして問題ないです。)
AQ先行になる証拠意見のバリエーションについて
本稿は「不同意。必要性なし。」を推奨しますが、
いくつかバリエーションがあるようなので、紹介します。
齊藤啓昭裁判官:乙号証の意見は,
「不同意,ただし任意性は争わない」と言われる方もいますし,
「直接主義の観点から不同意」とおっしゃる方もいますし,
「同意するけれども,被告人質問を先行するので不必要」
とおっしゃる方もいます。それは,様々ですね。
LIBRA2016年6月号4ページより引用「近時の刑事裁判実務 ─ 裁判員裁判制度スタートから7年経過して ─」
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2016_06/p02-19.pdf
【各証拠意見へのコメント】
「不同意,ただし任意性は争わない」
・不同意⇨被告人質問先行になります(論理必然)。
・AQの後に法322条請求の場面で問題となり得る
「任意性を争わない」と事前に書くことに抵抗があります。
「直接主義の観点から不同意」
・不同意⇨被告人質問先行になります(論理必然)。
・「直接主義の観点から(被告人質問先行とする趣旨で)不同意」を省略した意見と拝察します。
「同意するけれども,被告人質問を先行するので不必要」
・本稿は「同意」の証拠意見に反対します。同意、ダメ絶対。
・「被告人質問を先行するので」あれば、不同意が良いです。
・弁護人が乙号証を「同意」の証拠意見とするメリットがありません。
・AQ先行への移行期に「同意」したバージョンの証拠意見です。
司法研修所が推奨する証拠意見
司法研修所(刑事弁護教官室)では、以下の証拠意見を推奨します。
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」
「不同意。任意性は争わない。採否を留保し、被告人質問を先行されたい。」
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」28頁
(司法研修所刑事弁護教官室。75期から白表紙として配布)
(4)証拠意見の留意点
「公訴事実に争いのない事件だから検察官請求証拠に全て同意する」という考えは、改める必要があります。(※被害者の供述調書についての記載を中略)
被告人の供述調書は、
裁判員裁判か裁判員裁判かを問わず、
※筆者注:片方が「裁判官裁判」or「非裁判員裁判」の誤字
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」として、
被告人質問を先行させるべきです。
ただし、「不利益な事実の承認」にあたらない供述は、
任意性を問題とするまでもなく刑訴法322条1項前段の伝聞例外要件を充足しませんから、
不同意意見を述べれば、同項後段に該当する事情がある場合を除いて証拠採用されないことになります。
そして、被告人質問後に、供述調書は取調べの必要性がなくなったとして
検察官の証拠調べ請求の撤回(あるいは裁判所の証拠調べ請求の却下)を求めるべきです。
もし検察官が供述調書の取調べを伝開例外(刑訴法322Ⅰ)に基づき請求した場合は、
被告人質問により十分に供述が顕出されたとして「異議あり、必要性なし」と述べるべきです。
被告人は法廷にいます。
「被告人はどのような人か、どのような生活をしてきたのか、何をしたのか、
なぜしたのか、逮捕から公判までの間に何をしたのか、これからどうしていくのか」は、
被告人自らが供述することです。
捜査官の作文性の強い供述調書ではなく、直接主義、公判中心主義の観点から、
被告人自らが事実認定者の面前で供述すべきであり、弁護人はその供述を引き出すべきです。
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」22頁
被告人の供述調書については、公訴事実の争いの有無にかかわらず、同意すべきではありません。
被告人は法廷にいます。被告人の供述は捜査官の作文性の強い供述調書ではなく、直接主義、公判中心主義の観点から、被告人自らが事実認定者の面前で供述することであり、弁護人はその供述を十分に引き出すべきです。
したがって、被告人の供述調書について弁護人の述べるべき証拠意見は
「不同意。任意性は争わない。採否を留保し、被告人質問を先行されたい。」です。
ただし、「不利益な事実の承認」にあたらない供述は、任意性を問題とするまでもなく刑訴法322条1項前段の伝聞例外要件を充足しませんから、不同意意見を述べれば、同項後段に該当する事情がある場合を除いて証拠採用されないことになります。
被告人の供述調書の取調べに先立って被告人質問が施行され、供述調書の記載事項のうち審理及び判決に必要な事項について十分な供述が引き出されれば、供述調書は取調べの必要性がなくなります。
したがって、検察官による証拠調べ請求の撤回あるいは裁判所による証拠調べ請求の却下を求めるべきです。
被告人質問終了後、検察官が被告人の供述調書の取調べを伝聞例外(刑訴法322Ⅰ)基づき請求した場合は、被告人質問により十分に供述が順出されたとして「異議あり、必要性なし」と述べるべきです。
※「基づき」の前「に」は脱字です。
「刑事弁護の手引き(平成29年8月)」17頁
(司法研修所刑事弁護教官室。初版プリント教材)
(3)証拠意見の留意点
「公訴事実に争いのない事件だから検察官請求証拠に全て同意する」という考えは,改める必要があります。(※被害者の供述調書についての記載を中略)
被告人の供述調書は,
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」として,
被告人質問を先行させるべきです。
そして,被告人質問後に,供述調書は必要性がなくなったとして
検察官の証拠調べ請求の撤回(あるいは裁判所の証拠調べ請求の却下)を求めるべきです。
被告人は法廷にいます。
「被告人はどのような人か,どのような生活をしてきたのか,何をしたのか,
なぜしたのか,逮捕から公判までの間に何をしたのか,これからどうしていくのか」は,
被告人自らが供述することであり,弁護人はその供述を引き出すべきです。
70期修習中の平成29年8月に「刑事弁護の手引き」初版が完成します。
平成29年8月(初版・プリント)⇨令和2年10月(2版・プリント)⇨令和4年4月(3版・白表紙に)
※山中理司先生のブログ「司法修習開始前に送付される資料」で確認。
「平成25年7月版刑事弁護講義ノート」が配布されていますが、
いずれも通常事件におけるAQ先行に関して記載がありません。
つまり69期以前の修習期は、通常事件のAQ先行の座学を受けていません。
71期の事前配布資料には「刑事弁護の手引き」が含まれています。
また、「平成29年版刑事弁護実務」にアップデートされました(日弁連販売終了)。
72期・73期まで「平成29年版刑事弁護実務」が配布されています。
74期の事前配布資料は「刑事弁護の手引き」だけです(刑事弁護実務はカット)。
75期の事前配布資料は「刑事弁護の手引き」と「みんなでつくるケースセオリー(令和3年3月)」です。
70期代の新人・若手の弁護人に限らず、
69期以前の中堅弁護人や、旧司法試験時代のベテランの弁護人も
現在の刑事弁護実務にあわせてアップデートが必要になります。
![]() |
司法修習期とAQ先行の主な出来事の年表 関連記事「2-2司法修習と被告人質問先行」 |
プロシーディングス刑事裁判(平成30年9月)(刑事裁判教官室の白表紙)
そもそも,被告人は,常に法廷にいるので,まずは被告人質問を実施することが直接主義・公判中心主義の趣旨に沿うものである。このような観点から,実務では,被告人の供述調書について,弁護人の同意,不同意の意見にかかわらず,証拠決定は留保したまま被告人質問を先行して行い,その終了後に,更に供述調書まで取り調べる必要性があるか否かを検討した上で,証拠決定されることが多く,検察官が自主的に証拠調べ請求を撤回することもある。
プロシーディングス刑事裁判(平成30年9月)58ページより引用(初版55頁も同じ)。
刑事裁判教官室は、被告人質問先行について
「弁護人の同意,不同意の意見にかかわらず」
被告人質問先行にすることが多いと解説します。
プラクティス刑事裁判(平成30年9月)の副読本のため、
書籍全体として「裁判員裁判」の解説ではあるものの、
刑事裁判教官室でも被告人質問先行を推奨しています。
実務の裁判員裁判では、ほぼ100%被告人質問先行です。
通常事件(裁判官裁判)でも、
「被告人は,常に法廷にいるので,
まずは被告人質問を実施することが
直接主義・公判中心主義の趣旨に沿う」ことは同じですから、
通常事件でも被告人質問先行を推奨する内容と読めます。
刑事裁判教官室が司法修習生向けに明言するべきと考えます。
(刑事弁護の手引きでは、明言しています。)
本稿の趣旨とはズレますが、
裁判員裁判かつ否認事件を例として扱う
プラクティス刑事裁判平成30年版(初版は平成27年)では、
[仮想]弁護人と[仮想]検察官がミスしています。
詳しくは、関連記事にまとめました。
プラクティス刑事裁判(平成30年9月) 29-30頁より引用。
(2)本件の証拠意見について
被告人の供述調書(乙1,2)についても,同意とした上で,「審理に必要な内容は,被告人質問において供述する予定である。」との意見が述べられている。これは,被告人の供述調書の記載内容に争いはないものの,まずは被告人質問を実施することが直接主義・公判中心主義の趣旨に沿うものであり,被告人質問において審理に必要な供述がなされれば,供述調書は重複した証拠となり,取調べの必要性がなくなるとの視点に基づく意見である。
(注釈13)なお,同様の視点から,被告人の供述調書につき,「同意」ではなく,「不同意,但し任意性は争わない。」との意見が述べられることもあり得る。
⇨特に否認事件では「不同意」以外はあり得ません。
平成27年プラ刑初版より前の
↓平成26年版刑事弁護実務でさえ、
裁判員裁判で「不同意・任意性は争わない」を推奨していたのに、
どうしてプラ刑で「同意~」を記載してしまったのか?
教官室間のすり合わせがうまくいっていなかったのか?と感じます。
「平成26年版刑事弁護実務」(白表紙)には裁判員裁判の証拠意見について解説があります。
(裁判員裁判では…)
任意性に争いがない調書について、
不同意・任意性を争わない としたうえで、
「審理に必要な内容は、公判で被告人が供述する予定であり、
その場合、証拠調べの必要性がないこととなるので、
被告人質問終了まで採否を留保するのが相当である」と述べることが考えられる。
各弁護士の書籍・論文の証拠意見
神山先生・岡先生の共著
「刑事弁護の基礎知識」では、不同意の証拠意見を推奨します。
「刑事弁護の基礎知識」著:岡慎一弁護士・神山啓史弁護士
■第2版@97頁:第9章Ⅳ3
次に、犯罪の成立に争いがない事件では、「争いがない」被告人供述調書が
請求されるのは検察官が立証責任を負う犯罪事実等を立証するためである。
この場合、弁護人による被告人質問で供述を得ることで、
犯罪事実についての供述を必要最小限のものにすることができる。
また、例えば、動機・経緯を有利な犯罪事実として主張する場合、
争いがない犯罪事実部分も含めて供述する方がストーリーが伝わりやすいといえる。
したがって、記載内容に争いがない被告人の供述調書については、
次のような意見とすることを検討すべきである。
乙○号証についての意見
(1)不同意。刑訴法322条第1項該当性は争わない。
(2)審理に必要な内容は、公判で被告人が弁護人による質問に対し供述する予定であり,その場合,証拠調べの必要性がないことになる。したがって,被告人質問終了まで,採否を留保するのが相当である。
上記の趣旨は、裁判員裁判だけに妥当するものではないから、
こうした運用は、裁判員裁判以外の裁判(裁判官裁判)でも行われるべきである
(詳しくは、岡慎一=神山2015・8頁以下参照)。
■初版@196頁:第20章Ⅴ2・3に詳細。第9章Ⅳ3も。2版では整理。
(3)被告人質問先行を求める場合の証拠意見
被告人質問先行を選択する場合には、次のような意見が適切と考えられる。
乙○号証についての意見
(1)不同意。刑訴法322条第1項該当性は争わない。
(2)審理に必要な内容は、公判で被告人が弁護人による質問に対し供述する予定であり,その場合,証拠調べの必要性がないことになる。したがって,被告人質問終了まで,採否を留保するのが相当である。
【中略】
3裁判員対象事件以外での対応
被告人質問先行方式の前述した意義は、裁判員裁判だけに妥当するものではない。
弁護人としては、裁判員裁判制度対象事件以外でも、裁判員裁判におけるものと同様の観点から検討し、
被告人側に有利と判断できる場合には、被告人質問先行方式を求めていくべきである
(岡慎一=神山啓史「『裁判官裁判』の審理のあり方 ――ダブルスタンダードは維持されるべきか」判時2263号(2015年)8頁参照)。
※証拠意見は「平成26年版刑事弁護実務」とほぼ同じです。
基礎知識の初版は2015年(平成27年)12月発売(後発)です。
※裁判員裁判における乙号証の証拠意見として記載されています。
※通常事件(裁判官裁判)について、判例時報2263号8頁に譲る記載がありますが、
判例時報2263号でも具体的な証拠意見について特に触れられていません。
村井宏彰先生の論文では、不同意の証拠意見を推奨します。
証拠意見書は「不同意」として、
裁判官の不同意理由の釈明に対して
口頭で「被告人質問先行を希望する」と述べるのだと推認されます。
証拠意見
被告人供述調書に対する証拠意見は、
シンプルに、不同意とし、被告人質問先行を希望する旨述べればよい。
証拠採用の要件は、当該証拠に証拠能力(関連性を含む)と
取調べの必要性が認められることである。
被害人供述調書に対して不同意意見を述べると、任意性や信用性を争うのかどうか、
争わないのならばなぜ同意しないのかを尋ねられるのが従来の実務であった。
任意性は、証拠能力の問題である。
しかし、被告人質問先行との関係で問題となるのは、
証拠能力ではなく取調べの必要性である。
被告人質問を行い、必要な事情が出されたのなら、
被告人供述調書は取調べの必要性がなくなる、ということである。
近時は、弁護人が希望すれば被告人質間を先行する裁判所も多い。
任意性や信用性を争うのかどうかも聞かれないことも多くなっている。
赤木竜太郎先生の論文は、不同意の証拠意見を推奨します。
被告人供述調書に対する証拠意見は「不同意」一択である。
と断言したことで、季刊刑事弁護のスタンスが前進したと感じます。
(後述の刑事弁護ビギナーズ等の書籍よりも明確になりました。)
任意性の記載の要否も、論理的に分析されています。
※任意性の記載の要否は、2023年公表の本稿が先行研究です。
「任意性を争うか」「信用性を争うか」の釈明について が初出です。
本稿以前には、任意性の記載の要否の研究がありませんので、
偶然の一致でなければ、赤木先生に本稿をご参照頂いたと拝察しています。
論文内の参照元に本稿URL記載がなかったため、アピールしておきます。笑
2証拠意見をどう書くか
被告人質問先行を求める場合に、乙号証のうち被告人の供述調書に対する証拠意見をどう書くかについて述べる。
(中略)
被告人質間先行を求めるのであれば、被告人供述調書に対する証拠意見は「不同意」一択である。
「同意」との意見を述べる意味はない。
調書の記載内容に争いがなかったとしても、争いのない証拠に同意意見を述べる義務を弁護人は負わない。
同意(刑訴法326条)とはあくまで伝聞証拠について証拠能力を付与する積極的な行為であって、
弁護人においてメリットがないのであれば、同意する必要はまったくないのである。
「不同意」という意見に加えて何を記載するかは、さまざまな考え方がある。
「不同意。被告人質問を先行されたい」または
「不同意。任意性は争わないが、被告人質問終了後に必要性を判断されたい」と記載することがある。
論理的には、未だ検察官が同調書について刑訴法322条に基づく取調べを請求していないのであるから、
任意性について意見を述べる必要はなく、必要性についても意見を述べる必要はないはずである。
ただし、裁判所や検察官によっては、事前に任意性を争うか否かについて問い合わせてくることがあるし、
期日当日にも確認されることから、便宜的にあらかじめ記載しておくという考え方もありうる。
被告人質問先行実践のための基礎知識●赤木竜太郎弁護士
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月・34頁より引用)
後藤昭名誉教授の論文は、不同意の証拠意見を推奨します。
1 審理の方法
自白事件で弁護人の主導によって被告人質問先行方式を行うためには、
検察官からの自白調書の証拠請求に対して、次のような意見をいう。
「不同意。任意性は争わないけれど、被告人は法廷で供述する予定なので、調書は必要ない」。
このような意見を受けたとき、現在のふつうの裁判所は、
自白調書の採否を留保して、弁護人の発問から始まる被告人質問を行うであろう。
被告人質問先行型審理の意味●後藤昭名誉教授・弁護士
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月・10頁より引用)
刑事弁護ビギナーズ2.1の証拠意見
刑事弁護ビギナーズは、被告人質問先行を推奨します。
しかし「不同意。必要性なし」の証拠意見を明記していないため、
読者であるビギナーの証拠意見が迷子になる曖昧な内容です。
次期の「刑事弁護ビギナーズver2.2」か「ver3」の修正案を勝手に考えました。
「被告人の供述調書は、原則『不同意。必要性なし』と意見しなければならない。現在、司法研修所の白表紙(刑事弁護の手引き)は『不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい』の意見を推奨している。」⇨このように明記するべきでしょう。
■刑事弁護ビギナーズver.2.1(現代人文社@2019年・183頁-184頁)
イ 被告人の供述調書
被告人の供述調書の記載内容を争う場合にも、不同意の方針を基本とすべきである。
また、記載内容に大きな争いはないが、被告人質問による立証の方が適当であると考える場合にも、不同意としてよい。
この場合、検察官は、不同意となった供述調書につき、刑訴法322条1項によって証拠能力を認めさせようとしてくることが予想される。
そこで弁護人としては、乙号証の採用決定前に被告人質問を先行するよう裁判所に求めることで、被告人供述調書を採用させないことをめざすべきである。
具体的には、まず、被告人自身の言葉で実際の事実関係を供述させ、法廷で被告人が語る内容こそが真実であることの心証を獲得する必要がある。この場合に乙号証の採用を回避するためには、被告人に有利な事実や一般情状だけでなく、不利な事実や犯情についても弁護人の主質問で語らせることが必要である。
ただし、このとき重要なのは、捜査機関が被告人供述調書にまとめたとおりに答えさせるのではなく、ケース・セオリーを意識して再構成した事実関係を被告人の視点・言葉で語ってもらうということである。
また、事実と異なる内容の供述調書が過去に作成されている(供述に変遷がある)場合にも、当該供述調書の作成経緯や真実を語ることにした理由等について被告人に語らせることが重要である。
いわゆる「乙1号証」として請求されることが多い被告人の身上・経歴に関する供述調書についても、犯行に至る経緯やその背景に関わる事実が重要である場合には不同意とし、被告人質問での立証を行うべきである。
裁判官から乙1号証だけでも先に採用したいという意向が示される場合があるが、弁護人としては、身上経歴についても必要な事実は被告人質問で簡潔に説明されること、および供述調書には関連性の乏しい内容も多数記載されており、朗読する必要性が認められないといった意見を的確に述べることで、供述調書に頼らない裁判のメリットを裁判官にも理解させるべきである。
「記載内容に大きな争いはないが、被告人質問による立証の方が適当であると考える場合にも、不同意としてよい。」
⇨△具体的な証拠意見「不同意。必要性なし」が明記されていません。
⇨△「被告人質問による立証の方が適当であると考える場合」の説明がないため
ビギナーは「不同意としてよい」ケースかどうか判断できずに迷いが生じます。
後者は、編集にあたった弁護士にも整理できていないため、
ビギナー弁護人に判断を任せる曖昧な記載になったと推察します。
4.乙号証を同意するべき例外の検討 で詳しく述べますが、
筆者の見解では、一部同意する場面は「極めて例外的」です。
ビギナー弁護人は「乙号証は不同意」だとシンプルに理解するべきです。
■刑事弁護ビギナーズver.2(現代人文社@2014年の旧版・100頁)
(8)被告人の供述調書に対する意見 (中略)
また、不利益な供述でなくても、被告人質問が予定されている以上、被告人の供述調書を取り調べる必要性は乏しい。
弁護人としては、「被告人質問で供述するので供述調書の取調べは必要性がないと思料する。そこで、調書の採否は留保したうえで被告人質問を先行させ、必要性についてはその後に判断されたい」との意見を述べて、採否を留保したまま被告人質問を行うよう求めることも検討するべきである。
最近は、被告人質問終了まで被告人の供述調書の採否を留保する運用をとる裁判所も増えており、裁判員裁判ではそのような運用がほぼ定着している。
⇨証拠意見を誤魔化しています。
「必要性なし」は本稿と共通します。しかし、この記載では、「不同意。必要性なし」か「留保。必要性なし」か「同意だが被告人質問先行希望のため必要性なし」のどれかわかりません。ビギナーは証拠意見がわからず、証拠意見が迷子になります。
「そこで、調書の採否は留保したうえで」という記載は、本来、裁判所に「採用は留保」させたうえで、という文意です。しかし、ビギナーは証拠意見を「留保」すれば良いのか?と誤解を与えます。
■刑事弁護ビギナーズ(現代人文社@2008年の初版・87頁)
(7)被告人の供述調書に対する意見 (中略)
また、必ずしも不利益な供述でなくとも、被告人質問での供述が予定されている以上、被告人の供述調書は取調べの必要性に乏しいことになる。したがって、この場合も不同意とすることを検討してもよい。
弁護人としては、「被告人質問で供述するので供述調書の取調べは必要性がないと思料する。そこで、調書の採否は留保したうえで被告人質問を先行させ、必要性については、その後に判断されたい」との意見を述べて、採否を留保したまま被告人質問を行うよう求めればよい。
最近は被告人質問終了まで被告人の供述調書の採否を留保する運用をとる裁判所も増えている。
⇨初版では、明確に「不同意とすることを検討してもよい」と書かれています。
後発のver2よりも、明快に「不同意」を推奨する書きぶりです。
初版の「したがって、この場合も不同意とすることを検討してもよい。」が、
ver2では削除されてしまい、劣化しています。
情状弁護アドバンスの証拠意見
情状弁護アドバンスでは、「不同意」の証拠意見を推奨してます。
(4)乙号証の証拠意見
乙号証については、戸籍謄本や必要最小限の前科調書(累犯前科等を証明するもの)などは同意してもよいであろう。
前科調書や判決書については、「不同意」としても、伝聞例外(刑訴法323条1号)として証拠採用される可能性が高く、結局証拠として取り調べられてしまうことも多い。
しかし、量刑に影響することが明らかな前科(累犯前科、同種前科等)についてはともかく、そうではない前科(相当昔の前科、異種前科等)等は、量刑判断にほとんど影響がないとして却下される例も少なくない。
また、前科調書に加えて判決書まで取り調べる必要性はないとして、判決書が却下される例もある。
したがって、量刑に影響がない(あるいは、不当な影響を与えかねない)と思われる証拠については不同意意見を述べ、あわせて関連性や必要性を争うべきである。
一方で、被告人の供述調書については、安易に「同意」の意見を述べるべきではない。
被告人質問を実施する場合には、調書に記載されていて、弁護人が法廷に顕出することが必要だと判断した内容については、依頼者自身の口から話をすることができる。
近時は、供述調書の内容如何にかかわらず、被告人の供述調書を不同意とした場合に採用を留保し、被告人質問を先行させる運用も多く行われている(被告人質問で必要な事実がすべて法廷に現れた場合には、検察官は乙号証を撤回することになる)。
被告人質問を先行させることで、犯行に至った経緯や動機、事件の状況や心境、現在の気持ち、今後の生活の予定等さまざまな事項について依頼者自身の言葉で話すことができる。
ほかにも、たとえば障害のある依頼者の特徴など(調書では一人称で流暢にまとめられているために伝わりづらい部分)を裁判官に目と耳で理解させることもできる。
弁護人としては、捜査機関の作成した供述調書ではなく、直接の言葉で裁判所に事実を伝えることができる被告人質問により心証を与えることを基本とすべきであろう。
被告人の供述調書に同意することは例外的な場合(最低限の内容の調書がある場合に、それに同意して公判で黙秘をする場合など)であることをよく理解し、本当に同意してよいかどうかは慎重に吟味すべきである。
また、仮に同意する場合であっても、彼告人の供述調書の中には不要な情報(余罪を認める記載など)が盛り込まれている。
記載内容をよく検討し、不要な情報はこまめに一部不同意とすることも検討するべきである。
もっとも、このように被告人の供述調書を不同意にしたとしても、それが被告人にとって不利益な事実を承認する内容である場合、刑訴法322条1項に基づき、証拠採用されてしまう可能性がある。
同条項には、「任意性」の要件があるため、被告人の供述調書について不同意意見を述べると、任意性を争う趣旨かどうかを明らかにするよう求められる場合が多い。
弁護人としては、任意性を争える事情があるかどうか、捜査段階から依頼者とよくコミュニケーションをとり、また、取調べの録音録画の内容をよく吟味するなどして、検討しておく必要がある。
なお、そのようにして準備をしていても、特に情状事件においては、被告人質問が先行で実施された結果、調書が撤回されたり、必要性なしとして採用されなかったりする場合も少なくない。
そのような場合には、任意性について法廷で議論にならないこともある。
新・実践刑事弁護 国選弁護編の証拠意見
(現代人文社@第1版:2016年1月15日、第2版2018年11月30日)
※第1版のページ数を掲載しています。
実践刑事弁護 国選弁護編の証拠意見
(現代人文社@新版第1版2006年12月20日、新版第2版2011年12月20日)
2-2 供述調書の作成過程
供述調書は、取調べ担当の捜査官(警察・検察)が、
被疑者から聴取した事項を最後に「まとめる」調書です。
ざっくり言えば、以下のプロセスで作成されています。
①被疑者が話す(捜査官が無理やりに聞き出す)
②捜査官が内容をパソコン等で打ち込んでまとめる
③捜査官が作成した供述調書を被疑者に読み聞かせる(法198条4項)
④捜査官が被疑者にサインと指印を求める(法198条5項)
⑤被疑者はよく確認もしないまま、サインと指印をする
実際には、捜査官が作成したい供述調書の中身・内容は、
①の取調べの前段階で、少なくとも捜査官の頭の中に存在しており、
場合によっては、すでにパソコンの中にも存在すると考えられます。
※捜査官が獲得目標もなく取調べをしたら、税金泥棒です。
【捜査官が、警察官か検察官かによる違い】
警察官と検察官とは、③読み聞かせ(法198条4項)のタイミングが違います。
面前口述は、検察修習の取調べで経験した弁護人が多いはずです。
■警察官⇨面前口述のルールはない。②作成後に③読み聞かせる。(又は閲覧させる)
■検察官⇨面前口述で読み聞かせる。③読み聞かせながら②作成。
前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。
■警察官:犯罪捜査規範179条2項等に面前口述方式の明文規定がない。
2 供述を録取したときは、これを供述者に閲覧させ、又は供述者が明らかにこれを聞き取り得るように読み聞かせるとともに、供述者に対して増減変更を申し立てる機会を十分に与えなければならない。
■検察官:検察官調書作成要領(指針)※山中理司先生のブログより
2 供述録取の方法
供述録取は,原則として,検察官が供述人の面前で供述内容を口述し,検察事務官がこれをパソコンに入力する方法で行う(以下「面前口述方式」という。)。
検察官は,口述に先立ち,供述人に対し「供述内容を口述しながら録取するので,よく聴いて,誤りや疑問,追加等があればその都度指摘されたい」旨を告げ,供述人が聞き取れる声量・速度で口述する。
2-3 被告人の供述調書へのクレーム
弁護士の業界では、供述調書は「作文」と揶揄されます。
(日弁連は「被疑者ノート」や「宣言」等で作文を繰り返し批判しています。)
当たり前ですが、被疑者・被告人から供述調書へのクレームは多いです。
犯罪自体を認めていても、被疑者から弁護人への愚痴は付き物です。
A「捜査官が、自分が言いたい経緯を書いてくれていない。」
A「供述調書の内容が、自分の言いたかった内容とニュアンスが違う。」
これは、当たり前です。
被疑者とは別人が「まとめた」内容ですから、捜査官の主観が入ります。
捜査官は、客観的に見て、被疑者の「敵」です。「味方」は弁護人です。
「敵」が作文する調書に、なぜ都合の良い内容を書いてもらえると思うのか。
敵対しなければならない否認の場面では、黙秘権を行使するほかありません。
![]() |
🐺「黙秘れ小僧!!」 ©1997 Studio Ghibli・ND |
周防正行さん(映画監督「それでもボクはやってない」)
「密室での取り調べ官と被疑者のやりとりが、取り調べ官の作文によって被疑者の一人称独白体となる、まず、そういった調書のあり方というものに本当に驚きました。こういうものが裁判で、私は痴漢事件の傍聴というのをよくやったんですが、調書に書かれている一字一句が争いになるんですね。しかし、その一字一句は、既にして取り調べ官が恣意的につくり上げた作文の中の一字一句です。確かに、被疑者、被告人がその調書にサインをしているという外形的な事実はありますが、その言葉自体が本当にその取り調べ室で語られたかどうかは誰にもわかりません。」
第189回国会 法務委員会 第22号(平成27年6月10日)
動画:第189回[衆] 法務委員会 2015/06/10 (国会審議映像検索システム)
2-4 裁判における供述調書の使われ方
捜査官が目的意識をもって恣意的に作成した供述調書。
平成21年5月の裁判員裁判制度の開始前の刑事裁判において、
認め事件では、弁護人が「すべて同意」意見を述べており、
検察官が、「被告人の被疑者段階における供述」
…とされる供述調書を「読み上げて」いました。
検察官は、乙号証を都合よくかい摘んで供述調書を読み上げて、
裁判官はあとで自室で読んでおいてね!という訴訟態度でした。
(要旨の告知:規則203条の2第1項、法305条1項の例外規定)
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「弁護人、ご意見は」(規則190条2項)
B「すべて同意します。」(何も考えていない証拠意見)
J「では、採用しますので、検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問後行(旧来型)
これでは、被告人から直接話を聞く前に、
被告人の供述調書(作文)が読み上げられてしまいます。
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「弁護人、ご意見は」(規則190条2項)
B「証拠意見書の通りです。」(乙号証は不同意)
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、(身上調書)住民票・戸籍・前科調書は採用します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
裁判員裁判が開始して、裁判官の意識に改革が起こりました。
裁判官が、裁判員裁判の経験を通じて、通常事件であっても
乙号証不同意の証拠意見が原則である、と認識するに至りました。
東京地裁では、平成25年頃に通常事件の被告人質問先行が開始しました。
現在では過渡期を終え、運用が固まりました。
弁護人が通常事件の認め事件において乙号証を不同意にすれば、
裁判官は被告人質問先行型になることをすぐに理解して受け入れています。
2-5 乙号証に「同意」はタイパが最悪
お若い方々の言葉である
「タイパ(タイムパフォーマンス)」を借りれば、
◯乙号証の「不同意」は、タイパに優れます。
✕乙号証の「同意」は、タイパが最悪です。
![]() |
乙号証不同意はタイパに優れる⏲ ©2013 Studio Ghibli・NDHDMTK |
弁護人が「請求証拠はすべて同意します。」という
伝統的な証拠意見を述べたい場合、どのような準備が必要でしょうか。
乙号証を「同意」したい弁護人の立場から労力を考えてみましょう。
被告人のクレームの多い供述調書に「すべて同意」するためには、
証拠開示後に以下の準備をして被告人の同意を得る必要があります。
さもなくば、被告人から後で弁護人の証拠意見(同意意見)に文句を言われるかもしれません。
![]() |
A「先生、なんで乙号証の作文が証拠で読まれちゃったんですか!」 ©1984 Studio Ghibli・H |
弁護人が供述調書を「同意する」ことは、
供述調書(作文)を法326条の伝聞例外として、特別に、
検察官が裁判所で読み上げることを認める意思表示です。
実務は「証拠能力付与説」とされます。
被告人の供述調書へのクレームを無視して、
弁護人が安易に同意するべきではありません。
よく条文を読むと、刑事訴訟法326条1項は、
「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は」と定め、
被告人の供述調書について被告人本人の「同意権」を認めます。被告人が、同意の主体です。
弁護人は、被告人の包括的代理権を有するに留まります。
弁護人は、被告人の意思を確認のうえで、乙号証に同意するべきです。
事前に被告人に明示の意思確認をしないまま
「すべて同意します。」と意見している弁護人は、
ヒヤリハットに足を踏み入れていることを自覚するべきです。
![]() |
「すべて同意」意見は、弁護人のヒヤリハット事案です。 |
「裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人が合意の上」と定めており、
「弁護人」が登場します。明文で区別されていることからも、
法326条は、被告人本人の「同意権」を意識した条文構造です。
![]() |
©いらすとや(弁護士・検察官・クイズ・作文) |
※裁判例によれば「弁護人は、被告人の行うことができる訴訟行為のうち
性質上代理を許すもの全てについて、包括的な代理権を有しており」その一方、
「被告人の明示又は黙示の意思に反する代理行為は無効であると解される」とされます。
横浜国立大学 金子章教授「被告人の同意の有無を確かめることなく、弁護人の同意のもとに検察官請求の書証を同意書証として取り調べたことが違法とされた事例 ―広島高判平成15年9月2日高刑速平成15年3号131頁、判時1851号155頁」を参照。
https://ynu.repo.nii.ac.jp/records/3339
弁護人の包括的な代理権に基づく同意権限は、
「従属代理権」(権限行使に際して被告人の意思に拘束される)とされます。
326条の同意権は、その明文上「被告人」に帰属し、
弁護人がその包括的代理権に基づいて
被告人に代わって同意表明を行う権限があるとしても、
これは、被告人の意思に反してでも行使できる
「独立代理権」(独立行為権)ではなく、「従属代理権」である。
それゆえ、弁護人は、その権限行使に際して被告人の意思に拘束される
【被告人の明示の意思確認が乙号証で特に必要な理由】
■甲号証は、認め事件であれば、被告人の黙示の同意があると考えることが可能です。
ただし、甲号証も、公訴事実と関連性のない証拠等は、弁護人が不同意にすべきです。
■乙号証は、「被告人の言葉ではない作文を裁判で読み上げる」という、
極めて不利益な訴訟行為に関する被告人の同意ですから、明示の意思確認が必要です。
⇨弁護人が(1)(2)被告人の明示の意思確認をすることを嫌うなら、(3)乙号証を「不同意。必要性なし」と意見すれば良いだけです。【これが本稿の趣旨です】
![]() |
弁護人は被告人の乙号証への「同意」を確認するか「不同意。必要性なし」と意見すべき ©1992 Studio Ghibli・NN |
(1)乙号証(AKS・APS)を被告人に全て読み聞かせて確認する
この方法はとても時間がかかります。
供述調書は、3,4枚から10枚を超える大作まであります。
さらに、検察官は、複数の被告人の供述調書を証拠請求します。
なぜ「捜査官の作文の内容チェック」を弁護人と被告人がするのでしょうか。
国選弁護人の場合、被告人との面会に関して日当さえ出ません。
認め事件で、ここまでの労力をかける必要があるのでしょうか。
筆者は、検察官が論告の作成準備等の仕事をやりやすくなるように、
弁護人が時間を削って「作文の内容チェック」を行う意味がわかりません。
仮に、弁護人が無限の労力をかけるとしても、
「被告人の法廷供述が、作文と一言一句違い無いケース」は
物理的にありえるのでしょうか?
筆者は、あり得ないと考えます。
なぜなら、捜査官には「捜査官の有罪ストーリー」があり、
被告人には「被告人のケースセオリー」があるはずだからです。
「取調官は、取調べにおいて供述調書を作成するが、供述調書に取調官の質問と被疑者の発言が正確に記載されることはない。取調官は、記載する事項や表現を選択し、被疑者の発言のニュアンスを変え、時として被疑者が全く発言していないことを記載するなどして、供述調書を作成している。そのようにして作成された供述調書であっても、被疑者に署名・押印させることにより、刑事裁判における有罪認定の証拠として用いられている。」
日弁連「えん罪を防止するための刑事司法改革グランドデザイン」(2022年)より
なお「一部不同意」にする場合にも「捜査官の作文の内容チェック」作業が必要です。
(2)乙号証(AKS・APS)を被告人に差し入れて内容を確認してもらう
まず、弁護人が差し入れて内容確認の依頼をしただけでは
被告人に閲覧の機会を与えたことにはなっても、
被告人が内容を十分に確認したことにはなりません。
被告人が自主的に作文を読んでくれるとは期待できません。
差し入れは、せいぜい被告人へのエクスキューズになるに過ぎません。
万全を期すのであれば、やはり(1)全て読み聞かせる必要があります。
次に、この方法は証拠の取り扱いに関して、リスクがあります。
もちろん、証拠を差し入れて被告人に確認させるべき場面はあります。
主に否認事件で、証拠書類を実際に見てもらい、中身を精査すべき場面です。
しかし、差し入れた証拠書類は、取り扱いに注意が必要です。
東京弁護士会のLIBRA2014年8月号の
「刑弁でGo 第56回 開示記録を差し入れる際の注意点」で
本田貞雅先生の記事にわかりやすくまとめていただいています。
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2014_08/p50-51.pdf
東京弁護士会のLIBRA2013年2月号の
「刑弁でGo 第47回 刑事事件における差入記録の取り扱い」で
贄田健二郎先生の記事では、東京弁護士会作成の
「差入記録の取扱について」という書面を添付されています。
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2013_02/p28-29.pdf
両記事は、弁護人は被告人に差し入れた証拠書類に関して、
被告人から宅下げることにより回収すべきだ、とご指摘です。
「開示された証拠の目的外使用の禁止」と
「目的外使用の罪」を定めているため、
差し入れた証拠書類を回収すべきだ、というご指摘は正しいです。
日弁連「開示証拠の複製等の交付等に関する規程」には、以下の規定があります。
「弁護士は、前項の規定により複製等を交付等するに当たり、被告人に対し、開示証拠の複製等を審理準備等の目的以外の目的でする交付等の禁止及びその罰則について規定する刑事訴訟法第二百八十一条の四第一項及び第二百八十一条の五第一項の規定の内容を説明しなければならない。」(規定3条2項)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaiki/kaiki_no_74.pdf
ただし、事件終了後に勾留中の被告人から
証拠書類を返却してもらうことは簡単ではありません。
![]() |
被告人国選弁護事件の活動終了日⇨①判決宣告 (控訴期間・上告期間満了時ではありません。) |
法テラスは、判決宣告(判決言渡し)により
国選弁護人は「活動終了」として扱っています。
(なお、弁護人の控訴権は残されています。)
判決は裁判所で言い渡され、直後に裁判所で面会できますが、
裁判所の面会室では「宅下げ」をすることができません。
(被告人が証拠書類を持参して出頭しても宅下げが認められません。)
被告人の善意を信用して、後で証拠書類を事務所に郵送してもらうか、
収容先の拘置所に出向いて被告人に宅下げを促すしかありません。
否認事件では、証拠書類の差し入れを積極的に検討するべきですが、
認め事件で、事件終了後の回収の労力をかける必要があるのでしょうか。
回収作業が国・司法の仕組みとして必要ならば、
民間人である弁護士(弁護人)に丸投げをしないで、
「検察庁が被告人に謄写した証拠書類を郵送で差し入れて、
事件終了後に刑務官や警察官が法律に基づいて回収・破棄する。」
という仕組みにして欲しい、と感じるところです。
否認事件では、証拠書類の差し入れを積極的に検討するべきですが、
認め事件で、事件終了後の回収の労力をかける必要があるのでしょうか。
(関連)被告人本人には直接の閲覧の機会が保障されているか?
関連して、検察庁の閲覧謄写申請書(様式第1号)の「申請人」欄に、
「被告人」の選択肢はなく、
「弁護人」のみを申請人として扱うことも疑問です。
「証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。」(刑事訴訟法299条1項本文)⇨「相手方」に被告人も含まれます。なぜ、申請書に「☑被告人」本人の記載がないのでしょう。
被告人本人が閲覧謄写を申請する場合に、
検察官は、法律に基づいて閲覧の機会を与えるのでしょうか。
地方検察庁に電話で質問したところ、回答を得ました。
Q.被告人本人から閲覧謄写申請がきた場合、どのような取り扱いをしますか。
A.検察庁回答。
・これまでに被告人本人からの申請は前例がない。
・弁護人が就任している場合、弁護人に閲覧謄写の機会を与えることで足りる、という取り扱いをしている。
・弁護人が就任している場合、被告人本人から閲覧謄写の申請があっても認めない。被告人が、勾留中でも在宅でも認めない。
・(法289条ほかの必要的弁護事件以外で)弁護人が就任していない場合には、被告人本人の「閲覧」の機会は与えるが「謄写」は認めていない。
・弁護人にしか「謄写」は認めていない。
検察官は「相手方」=「被告人又は弁護人」に閲覧させれば足り、
弁護人にだけ証拠書類を開示すれば足りると考えているのかもしれません。
しかし、検察官は「あらかじめ、相手方」(被告人本人)に証拠書類を
「閲覧する機会を与えなければならない。」(法299条1項本文)のですから、
被告人から(も)直接の閲覧申請書が届いた場合の内規を整備するべきです。
(3)乙号証を被告人と確認することを嫌うなら「不同意。必要性なし」一択です。
![]() |
乙号証「同意」⇨Aと供述調書の内容チェックが必須。 乙号証「不同意」⇨Aと供述調書の内容チェックは任意。 (「不同意」では基本チェック不要。法322条請求の対策を考えれば良い。) |
※関連記事では、弁護士倫理規程48条・22条から、
弁護人が、乙号証を「同意」の前提となる説明責任を果たす場合、
被告人に対して、矛盾した説明を行うことになることを解説しました。
(乙号証に同意した弁護人が「弁護士職務基本規程」46条 48条 22条に抵触する危険性の検討)
弁護人は、乙号証同意(被告人質問後行)であれば、
「裁判官が、供述調書により動機・経緯の心証をとるデメリットがある」
という説明・情報提供を被告人にしたうえで、
乙号証同意の処理方針に被告人の同意を得るべきでしょう。
しかし、同意のデメリットの説明・情報提供は、
以下のように矛盾をはらむ内容になってしまいます。
弁護人から被告人への「同意」によるデメリット説明の具体例。
弁護人「供述調書の内容が概ね間違ってはいないとしても、
捜査官の書いた作文ではなく、あなたが裁判官に直接話すことが
刑事訴訟法の予定している裁判の方法だから、不同意も選べます。
不同意にすれば、ほとんどの場合に供述調書は裁判で使われません。
乙号証を同意すると、裁判官は、あなたの犯罪の動機や経緯について、
裁判所での供述ではなく、捜査官の作文をソースに事実認定をしてしまいます。
私は、あえて供述調書に同意しようと思うのですが、いかがですか?🤔」
被告人「…先生、言っていること矛盾していません?」
2-6 乙号証を「不同意」にするメリット
![]() |
乙号証採用を拒否し被告人を弁護する😼 ©2002 猫乃手堂・Studio Ghibli・NDHMT |
乙号証を不同意にして法廷で被告人から話を聞くことには、以下のメリットがあります。
1.「公判期日における供述に代えて書面を証拠と~することはできない。」(刑事訴訟法320条1項)という伝聞証拠禁止の原則の貫徹。
2.直接主義・公判中心主義の観点から、法廷で被告人から直接話を聞くべき!という令和の法廷技術の実践により、被告人から弁護人への信用を得ることができる。
※「2-7 不同意意見の方が合理的」「3-1 被告人質問先行型とは」をご参照ください。
3.弁護人は、密室の取調室で作成された供述調書の採用を拒否する!という、自白偏重の捜査実務への抗議。
※「2-3 被告人の供述調書へのクレーム」をご参照ください。
(…という真っ当な本質論に加えて、)
4.乙号証不同意はタイムパフォーマンスに優れる。
弁護人にとって、乙号証不同意の方がタイパに優れます。
※「2-5 乙号証に「同意」はタイパが最悪」をご参照ください。
タイパは、これまでに認め事件で「すべて同意します」と
証拠意見を出してしまっていた弁護人にとって、
「タイパに優れること」が大事なポイントになると考えて
あえて、アピールさせていただきました。
本稿の新規性・オリジナリティは、4.タイパの発見にあります。
5.乙号証不同意は弁護人が証拠意見への責任を負わない。
弁護人にとって、乙号証不同意であれば、証拠意見の責任を負いません。
一方、乙号証を同意する場合には、証拠意見の責任を負わなければなりません。
※「2-8 乙号証の不同意の場合の帰結」で後述します。参考に。
6.論告が漏れてしまうこともある(小声で)
乙号証を不同意にすると、論告が漏れてしまうことがあります。
※「2-10 論告が漏れてしまうこともある」で後述します。参考に。
メリット1と2から導かれる結果論であり、積極的にメリットと呼ぶことは控えます。
2-7 不同意意見の方が合理的
「だから、私は不同意意見!」という結論が導かれます。
![]() |
「ほらね、怖くない。AQ先行に怯えていただけなんだよね」 ©1984 Studio Ghibli・H |
乙号証は不同意としたうえで、
被告人にこのように説明した方が、信頼してもらえます。
弁護人「あなたの被疑者段階の供述調書には、
裁判ですべて不同意の意見を出します。
事件について、裁判官に直接言いたいことを話してください。」
被告人も、自分が書いたものではない作文(供述調書)を
差し入れられて、正確かどうかなんてチェックしたくありません。
「認めているんだから休ませてよ…」と思うのではないでしょうか。
漫画や小説の一冊でも差し入れてあげた方が喜ばれることでしょう。
弁護人に強い主義主張が無くても、むしろ主義主張が無いからこそ、
乙号証は、不同意とすることが合理的と考えます。
70期代の新人・若手弁護人の皆さんは、肩肘はって、
検察官のために「同意しよう!」と頑張ってしまっていませんか。
あなたは、誰のための弁護人でしょうか。
70期代の新人・若手の弁護人に限らず、
69期以前の中堅弁護人や、旧司法試験時代のベテランの弁護人も
現在の刑事弁護実務にあわせてアップデートが必要になります。
特に「すべて同意します。」は、いまやヒヤリハットです。
裁判所「弁護人が,甲号証,乙号証について同意すると言っていますが,これはどういうことですか?」
本稿😅「旧来の司法修習を受けた弁護人は認め事件では『すべて同意する』と意見してしまいます。特に、乙号証の同意意見は、事前に被告人に明示の意思確認をしていなければ、弁護人のヒヤリハット事案です😅」
2-8 乙号証の不同意の場合の帰結
乙号証を不同意とする場合、
立証責任を負う検察官の側が、
被告人の供述調書の中で供述したとされる
犯行態様や、動機・経緯等の事情を
裁判所の法廷内で聞き出す必要があります。
B「そんなAQで大丈夫か」
P「大丈夫だ、問題ない。」
検察官は、刑事事件が専門のプロフェッショナルですから、
法廷で被告人から犯情を聞き出すなんて慣れたものです。
![]() |
P「大丈夫だ、問題ない。」©crim |
…仮に、検察官が反対質問に失敗した場合にも、
法322条という裏技(伝聞例外の規定)がありますから、
検察官は、「作文」を請求しちゃえば大丈夫です。
弁護人は、法322条の請求について
「不必要かつ不相当です。」と意見を述べましょう。
被告人は被告人質問で十分に話しているのだから、
いまさら供述調書(作文)の出番はありません。
裁判官が検察官に甘く、法322条の伝聞例外の請求を認める場合にも、
弁護人にとって「同意」よりは法322条で拾われる方がダメージは浅いです。
松◎:「不同意」意見を述べたお陰で、結審まで、法廷で乙号証は読まれなかった。
竹◯:「不同意」意見を述べたのに、被告人質問の後で、法322条で拾われてしまった。
梅✕:「同意」意見(法326条)を漫然と述べ、被告人質問の前に、乙号証を読み上げられてしまった。
![]() |
乙号証を「不同意。必要性なし」⇨弁護人の責任はない。 乙号証を「同意する」⇨作文への証拠能力付与に関与する弁護人の責任は重大。 |
2-9 立証責任は検察官にある
![]() |
P「ドウイ…シテ…」 ©2001 Studio Ghibli・NDDTM |
「通常事件におけるAQ先行」に反対する立場から書かれた
清野憲一検事の論文があります(いわゆる清野論文)。
清野論文(8頁)には、以下の一節があります。
被告人質問先行の対象とした事件については、
裁判所は弁護人に対して罪体に関する質問を
主質問においてまず行うように求めるのが通常である。
しかし、罪体について弁護人から主質問をすることについては、
弁護人にとっても戸惑いが多く、また、
従前は必要としなかった準備を強いることとなり、
実際、罪体立証に必要な事項を網羅した
質問がなされることはそう多くない。
そして、それは罪体立証に責任を負わない
弁護人の立場からしてもやむを得ない面がある。
また、犯罪事実や犯行に至る経緯に特に酌量すべき事情が
見当たらない場合、これらの事項について
弁護人に事細かに質問させるのも酷と言えよう。
このような場合、検察官から反対質問において
必要な事項について質問しなければならなくなるが、
このような言わば虫食いの被告人質問は、
分かりやすさという点からも問題が大きい。
■判例時報 No.2252 平成27年5月21日号(2015年)
https://hanreijiho.co.jp/wordpress/book/%E5%88%A4%E4%BE%8B%E6%99%82%E5%A0%B1-no-2252/
清野憲一・前橋地検正検事「『被告人質問先行』に関する一考察」
清野論文のこの一節は、
「旧来型のAQ後行の方が弁護人にとっても簡単だよ👍😈」
という悪魔の囁きですが、流されないでください👼
新人・若手弁護人には、清野論文の一節を読み、
「なるほど!AQ先行の主質問で罪体を十分聞けなくても、
立証責任を負う検察官が反対質問で聞き出してくれるから、
完璧な主質問をしなくても『大丈夫だ、問題ない』のね!」
と安心して実践していただきたく、引用させていただきました。
2-10 論告が漏れてしまうこともある
乙号証を不同意にすると、論告が漏れてしまうことがあります。
結果論ですので、積極的にメリットと呼ぶことは控えます。
![]() |
論告がこぼれ落ちる ©1995 柊あおい/集英社・Studio Ghibli・NHa |
検察官が、当日用意してきた論告要旨について、
被疑者段階の供述調書がソースとなった事項があり、
被告人質問でこれを聞き出せなかった結果として、
論告の事項が落ちてしまうことがあります。
結審までに審理に出てきていない情報について、
論告(や弁論)で主張してはいけません。
「証拠に基づかない論告・弁論」には、異議が出されます。
筆者は、論告に異議を出したこともありましたし、
裁判官から検察官に「その事実、出ていますか?」と
指摘が入って、検察官が論告を修正することもありました。
罪状認否で認めていても、被告人質問では曖昧な供述となり、
裁判所の判決では公訴事実に修正が入った事実認定になったこともあります。
もちろん、検察官の冒頭陳述で述べた
論告までに証明しようとする重要な犯情について、
作文からしか認められないのであれば、
被告人質問で直接の弁解をしてもらい、
論告から落とす弁護活動は必要といえます。
しかし、実務上、認め事件では、
迅速な裁判が望ましいため、一回結審となることが多く、
検察官が読み上げる直前まで「冒頭陳述」も「論告要旨」も
弁護人に手渡されない書面ですから、
「意図的に論告を狙って落とす」という荒業は、
弁護人に相当高度な技術がなければ難しいです。
そのため、筆者は積極的にメリットとは呼べないと分類します。
法322条の裏技(伝聞例外)の請求は、検察官の
「被告人質問で聞き出せなかったかもしれないけど、
ココ(供述調書)に書いてあるから、
論告で主張しても証拠に基づいてる!
ほら!適法でしょ!お願いしますよ!」
という、裁判官へのSOSメッセージにも感じます。
一方で、本来の伝聞例外の趣旨からは外れた使い方でしょう。
筆者は、ある検察官から「裁判員裁判でもないのに、
乙号証を不同意にされても対応することが難しい」
という趣旨の発言(本音)を聞いたことがあります。
それは「事前決済と異なる論告を述べて良いのか?」
という検察庁(組織)の内部事情ではないでしょうか。
被告人質問の生の供述を聞き、
適切に論告を修正すれば良いだけのことです。
難しいと感じる検察官もいるかもしれませんが、
筆者は弁護人の立場で対応しており、
弁論をその場で修正して読み上げています。
司法修習にも課題があります。
検察修習だけが、いまだに被告人質問先行に触れていません。
白表紙の「検察講義案(令和3年版)」(2023/7/25)でもスルーです。
※「刑事裁判」は「プロシーディングス刑事裁判」で、
「刑事弁護」は「刑事弁護の手引き」で、AQ先行に触れています。
つまり、検察官実務についた新人検事は、
弁護人の不同意意見(⇨被告人質問先行)の場合に
どう対応するべきかについて、司法修習では習っていません。
法曹として、「被告人質問先行」の実務を隠蔽しようとする
司法研修所の「検察修習」に苦言を呈さざるを得ません。
3.被告人質問先行型について
3-1 被告人質問先行型とは
刑事訴訟において「被告人質問先行型」とは、
「被告人質問を先行させ、その結果を踏まえて、
犯情に関する乙号証や被告人作成の反省文の採否を判断します。」
「犯情に関する被告人の供述調書や反省文等の前に、被告人質問を先行します。」
「身上や前科の書証は取り調べますが、犯情に関する供述調書や反省文等は
原則として被告人質問後に採否を判断します。」というスタイルの審理方法です。
※横浜地方裁判所刑事部の配布物より引用しています。
■被告人質問後行型 @旧来型スタイル
①乙号証の作文を含む甲・乙の読み上げ
⇨②被告人質問で話を聞く
↑乙号証の作文で全部ネタバレしてから、②被告人に話を聞く(書面主義・調書裁判)
■被告人質問先行型 @令和型スタイル=AQ先行
①甲号証(と乙号証のうち身上・前科)の読み上げ
⇨②被告人質問で話を聞く
↑乙号証の作文が読まれないからネタバレしない状態で、②被告人の話を聞く話を聞くことができる(直接主義)
③検察官は、乙号証の供述調書が立証に…
α不要であれば、撤回する。
β必要であれば、法322条で請求する。
「被告人質問先行型(AQ先行)」という言葉は、
「AQ」と「乙号証の採否決定」の順番を表す内容です。
筆者は、AQ先行が裁判官視点の言葉だと感じます。
「AQ先行の後なら、検察官が乙号証を撤回せず法322条請求で採用されても文句はない!」
という弁護人はいないでしょう。
弁護人は「乙号証は必要性がないから採用するな!」と主張したい。
⇨法326条請求はもちろん法322条請求でも乙号証を採用するな!と主張したい。
弁護人にとって「供述調書の不採用」が主眼です。
弁護人は「被告人質問先行型」にしてほしいだけではありません。
⇨AQ後に乙号証の採否決定(AQ先行)してもらうことが主眼ではありません。
裁判官は(乙号証不同意により)被告人質問先行型の審理をしますが、
弁護人は、被告人質問先行型審理自体を希望したいだけではありません。
巷で「被告人質問先行型」や「AQ先行」という言葉が流行っている現状は、
裁判官主導で審理方法が先に発明された経緯に原因があるのだと思います。
「弁護人が乙号証を「同意」しても、裁判官が被告人質問先行型を導いていく」
という審理が一部の意欲的な裁判官の刑事裁判で実施されはじめたことにより、
「弁護人が受け身であっても被告人質問先行になる」という初期の事実状態を、
被告人質問先行型と表現してきた沿革から、先に審理方法名が流行りました。
弁護人にとって本質は、乙号証を不同意にして不採用を求めることにあります。
「刑事弁護の手引き」等の「不同意。被告人質問を先行されたい」との
弁護人の証拠意見の後半部分は、弁護人の受け身時代の名残であり不適切です。
弁護人がどうしても後半部分を書きたい場合には、
「不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。」です。
(「被告人質問を先行されたい」は無益的記載 を参照。)
司法研修所は、白表紙に「被告人質問を先行されたい」を書かなければ、
裁判官が弁護人に対して「任意性を争うのか?」と聞いてしまい、
弁護人が現場で困るかも!というパターナリズムから推奨していそうです。
最高裁から、現場の裁判官への全国的な啓蒙が必要だと感じています。
(特に、古いテンプレ【被告人の自白調書の取扱い】の改訂が必要です。)
関連記事「4.任意性・信用性の釈明のタイミング」で指摘しました。
3-2 乙号証不同意と被告人質問先行型との関係性
この2つは同じことを意味するのでしょうか。
■乙号証不同意にすると?⇨被告人質問先行型になる(論理必然)
乙号証不同意は、弁護人の視点から
供述調書に同意せず、採用を拒否する意思表示です。
弁護人が乙号証「不同意。必要性なし。」意見を出す
⇨裁判官はAQ前に乙号証を証拠採用できない
⇨検察官は被告人の供述調書を読み上げられない
⇨被告人質問先行型が導かれる。(論理必然の結果)
乙号証を不同意にすれば、論理必然に自動的に被告人質問先行型になります。
裁判所・裁判官に「被告人質問先行型でやらせてください。」と言わずとも、
「乙第◯号証(AKS・APS)は、不同意。必要性なし。」と証拠意見書を出せば、
裁判官から「被告人質問先行型でやりますね。」と理解されます。
■被告人質問先行型にする場合⇨証拠意見は決まる?
被告人質問先行は、裁判所の視点から証拠採用のタイミングを意味する言葉です。
被告人質問先行型(の実施希望)から、
直ちに乙号証の証拠意見が決まりません。
「不同意。必要性なし。」が素直で通常ですが、理屈上は実は、
「留保。必要性なし。」や
「同意。ただし被告人質問を先行されたい。」、
「同意するけれども,被告人質問を先行するので不必要」(前述LIBRA記事より)と
いくつかのパターンが考えられます。
弁護人は、頭を整理して「不同意。必要性なし。」を選択するべきです。
「留保」や「同意」の意見は推奨しません。
裁判官から「弁護人、被告人質問先行をご希望であれば、
同意や留保ではなく、不同意のご意見でよろしいのでは?」
と真っ当な指摘が入る可能性があり、時間の無駄です。
⇨AQの後に「必要性なし」になる予定なら「不同意」が素直で合理的な選択です。
■被告人質問実施後に、検察官が乙号証の請求を維持するケースの弁護人の証拠意見別の帰結
@B不同意でAQ先行パターン
被告人質問→JがPに撤回するか聞く→Pは撤回しない→P322条請求→B不必要&不相当→J採否
◯「不同意。必要性なし。」が合理的な選択です。
AQの後に「必要性なし」になる予定なら「不同意」が素直な意見です。
@B留保でAQ先行パターン
被告人質問→JがPに撤回するか聞く→Pは撤回しない→J弁護人に意見聞く→B不同意→P322条請求→B不必要&不相当→J採否
△B「留保」は、AQの後に留保を「不同意」と意見する問答が時間の無駄です。
@B同意だけどAQ先行希望パターン
被告人質問→JがPに撤回するか聞く→Pは撤回しない→Bは同意済み→J採用決定
✕B「同意」は、「捜査官の作文の内容チェック」をする時間がかかり無駄です。さらに、AQの前にすでに「同意」して撤回できないため、検察官が請求を撤回しなければ証拠採用される危険があります(検察官は、法322条請求する必要さえありません)。
【AQ先行のシミュレーション※本稿独自】
![]() |
証拠意見別のAQ先行シミュレーション©2023川口崇弁護士 |
3-3 裁判員裁判における乙号証の扱われ方
裁判員裁判で、検察官が供述調書を全文読み上げる儀式をすると、
裁判員(一般の国民の方々)は集中して聞くことができません。
そのため、日本の裁判制度は、供述内容が立証に必要であれば、
「法廷で直接話してもらおう!」という発想に転換しました。
特に、被告人は常に法廷にいますから、必ず被告人質問が可能です。
被告人が直接話すのに、検察官が被告人の供述調書を読み上げる必要がありません。
取調室≒密室で捜査官がまとめた供述調書(作文)よりも、
被告人が裁判官の前で話したことを前提に立証するべきです。
![]() |
裁判員「作文読まれても…」 ©2002 猫乃手堂・Studio Ghibli・NDHMT |
裁判員裁判では、原則として、検察官が、
被告人の供述調書を撤回して読まない、という運用がされています。
この裁判員裁判における、
「乙号証の供述調書は採用・読み上げを留保して、
審理の最後に検察官に撤回で良いか確認をする。
検察官が撤回したくなければ、請求維持・法322条請求して、
裁判所が採否判断する。」
という方法を、被告人質問先行型と呼称して、
通常の裁判でも使おう、という裁判官が増えました。
平成21年5月に裁判員制度が開始してから、
10年以上をかけて、裁判官の認識を変化させたのです。
東京地裁では、平成25年頃に通常事件の
被告人質問先行が開始して、10年を迎えました。
齊藤啓昭裁判官:(被告人質問先行は)裁判員裁判では,当初からやっていますが,
東京地裁では,裁判官裁判の自白事件でも平成25年頃から各部で取り組んでいます。
LIBRA2016年6月号4ページより引用
「近時の刑事裁判実務 ─ 裁判員裁判制度スタートから7年経過して ─」
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2016_06/p02-19.pdf
なお、検察官が聞き出したい供述調書の内容に関して、
被告人が都合よく話してくれない場合には、検察官は、
刑事訴訟法322条という裏技(伝聞例外の規定)を使って
被疑者段階の供述調書を採用することを請求してきます。
しかし、裁判員裁判では、法322条の請求が認められないことも多くみられます。
検察官にも被告人質問(反対質問)のチャンスをすでに与えているのに、
裁判員(一般国民)の前で作文の読み上げで供述を補充する立証の姿勢を、
裁判官が潔しとしないのだろうな…と、筆者は理解しています。
一方、通常事件では、裁判員裁判に比べれば、法322条の採用ハードルが低いです。
3-4 被告人質問先行型が大変!という幻想
![]() |
AQ先行は大変じゃないです👍😉 ©1984 Studio Ghibli・H |
筆者が「乙号証不同意の方が楽だよ~」と
後輩弁護士に助言する場面で良く聞くリアクションがあります。
Q.「被告人質問先行型」では、
弁護人が被告人の犯情・罪体を聞き出さなければならず、大変ではありませんか?😰
A.ぜんぜん大変じゃないです!👍😉
新人・若手弁護人は、もしかしたら、認め事件では
「弁護人が、検察官の有罪立証に手を貸さなければならない」
とでも勘違いしている方もいるかもしれません。そんなはずはありません。
立証責任は、検察官のみにあります。弁護人の立場をわきまえましょう。
たしかに、乙号証を不同意にした場合には、
被告人の供述は、罪状認否の「認めます」だけであり
乙号証の供述調書(作文)の犯行態様、動機、経緯等がないまま、
被告人質問に突っ込むため、不安に感じるのかもしれません。
しかし(違法性阻却事由と責任阻却事由がない事案であれば、)
検察官が、公訴事実の記載事項を立証できれば、犯罪は成立します。
認め事件では、被告人は、罪状認否で公訴事実を認める供述(自白)をします。
検察官の反対質問の獲得目標は、実は、公訴事実と冒頭陳述の内容に過ぎません。
弁護人は、主質問では、弁護人が「弁論」で述べたい内容・
弁論で述べることを予定している内容を聞くだけで、必要かつ十分です。
弁護人が、供述調書の内容をすべて聞く必要はありませんし、聞いてはなりません。
(作文内容を主質問で聞いてしまえば、かえって被告人の不利益になります。)
ゲームの難易度選択で言えば、こうです。
乙号証不同意⇨EASY😉👍
乙号証に同意⇨HARD💀👎
拙い一例で恐縮ですが、
被告人質問では、こんな時系列で聞いてあげましょう。
・公訴事実の確認
・遡って、事件に至る経緯と動機
・犯行の態様
・犯行後の事情
・示談や謝罪の状況
・再犯防止への取り組み
(このほか、ケースバイケースで追加してください。)
いかがでしょう。
弁護人が被告人質問で聞くべきボリュームが大変になっている印象はありません。
筆者は、通常事件で「不同意。必要性なし」と意見しています。
実務での経験上、例示した質問をすることで、多くのケースで
検察官は、被告人質問の後で乙号証の請求を撤回しています。
検察官が322条請求することは全体ではレアケースです。
裁判官も検察官に対して「撤回で良いか」と促してくれます。
![]() |
AQ先行は大変じゃないです👍😉 ©1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN |
伝統的な証拠意見で、乙号証を同意してしまう場合でも、
犯情に関して、乙号証の作文に完全に委ねることはできません。
流れを考えれば、犯情から聞いてあげた方が良いように感じます。
(3-5 裁判官は、乙号証同意であっても犯情を聞き取る必要性を感じているを参照。)
※基本的な犯情(経緯や動機、犯行の態様等)は聞くべきですが、
それを超えた「悪い犯情」が供述調書に記載されている場合に、
主質問で聞くべきか、弁護人が検討する必要があります。
被告人の「悪い犯情」の立証責任は(も)検察官にあります。
弁護人が、主質問において、被告人の悪い犯情を積極的に明らかにする必要はありません。
検察官が反対質問の中で、聞くべきことを聞けば足ります(前掲の清野論文・8頁)。
検察官が論告でどこまで「悪い犯情」をアピールしたいかは
弁護人には被告人質問段階でわからないため、
主質問で悪い犯情を顕出することは、やぶ蛇の危険の伴う諸刃の剣です。
悪い犯情に関して、4パターンが考えられます。
①B主質問で顕出して、主質問でカバーする。
②P反対質問に委ねて、B再主質問でカバーする。
③P反対質問に委ねて、B再主質問でもスルーする。(カバーできない場合に固めてしまうため)
④P反対質問に委ねたら、P質問しなかった。(論告でも当然スルー)
主質問で悪い犯情を「聞くべきか・聞かないべきか」、
①主質問でカバーできないのであれば、
②③④検察官に委ねた方が無難に思えます。
言うまでもなく、「悪い犯情」が記載された乙号証に漫然と同意してしまい、
法廷に顕出されるよりは、不同意がベターであることは間違いありません。
3-5 裁判官は、乙号証同意であっても犯情を聞き取る必要性を感じている
鈴木巧裁判官は、以下のようにご発言されています。
鈴木巧裁判官「調書を先に調べる事件[AQ後行]でも,被告人質問ではしっかり重要なところを聞いてほしい。」
「調書を先に調べれば犯情はある意味出てきていますけど,でも弁護人として,犯情についてここはぜひ言いたいというところがあれば,それは調書を先に調べても被告人質問でしっかり聞いてほしいと思うんです。」
東京弁護士会のLIBRA2021年12月11ページより引用。
「理想の被告人質問を探求する・座談会「今,被告人質問を考える」」
東京地方裁判所鈴木巧裁判官 東京地方検察庁望月栄里子検察官 村井宏彰弁護士
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2021_12/p02-13.pdf
筆者も、鈴木巧裁判官と同じ意見です。
乙号証に同意してしまった場合でも、
被告人質問で動機や経緯を聞かなければ、
法廷に有利な情状・重要な犯情を顕出し
裁判官に対してアピールできません。
ただし、弁護人は、ポイントを絞れないでしょう。
同意して、重要な犯情「だけ」聞くことは困難です。
弁護人がたとえ乙号証に同意したとしても、
検察官は、乙号証を都合よくかい摘んで供述調書を読み上げます。
被告人に有利な事情(細かい動機や経緯等)の読み上げは省略されがちです。
(要旨の告知:規則203条の2第1項、法305条1項の例外規定)
公訴事実&供述調書のかい摘んだ読み上げ部分しか知らない裁判官に対して
弁護人が、当該「重要な犯情」だけを
いきなりピンポイントで質問しても、裁判官がついてこられません。
ピンポイントの主質問では、乙号証を不同意にした被告人質問よりも更に高度な技術が必要です。
「清野論文」の言葉を借りれば、「虫食いの被告人質問は、分かりやすさという点からも問題が大きい」に近い主質問に陥ってしまうでしょう。
結局、犯情の前提となる事実から時系列で聞いていくことになります。
それは、乙号証を不同意にして犯情を時系列で質問することと同じ主質問になると考えられます。
⇨「重要な犯情」をしっかり被告人質問で聞くなら、乙号証は不同意がベストです。
乙号証に不同意であっても同意であっても、
被告人質問するべき内容は実は同じ時系列です。
【犯情】
・公訴事実の確認
・遡って、事件に至る経緯と動機
・犯行の態様
・犯行後の事情
※同意しても【犯情】を省略するべきではない。
※【犯情】の一部分を聞くことは虫食いになり、裁判官にとってわかりにくい。
⇨どうせ【犯情】を聞くのであれば、不同意が良い。
【一般情状】
・示談や謝罪の状況
・再犯防止への取り組み
※「同意して【一般情状】だけを聞けば良い。」という
大昔の被告人質問のやり方は、令和時代には不適切です。
3-6 LIBRA2021年12月号特集「理想の被告人質問を探求する」について
東京弁護士会のLIBRA2021年12月号に以下の記事がありました。
「「被告人質問先行」はなぜ普及しないか ─座談会の感想も含めて─」
著者:前田領先生(60 期)、村井宏彰先生(61 期)、赤木竜太郎先生(67 期)
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2021_12/p02-13.pdf
全体としてとても良い記事ですのでご一読いただきたいです。
ただ、以下の部分は同意できません(不同意。必要性なし。)
乙号証を同意するより,事前準備に時間がかかることは間違いありません。
Q.タイトルの「被告人質問先行」はなぜ普及しないか?
A.理由は、時間かかるぞ!大変だぞ!という間違った情報を流すからです。
![]() |
LIBRA2021年12月号より引用 |
上述したとおり、乙号証に同意する場合には、
「捜査官の作文の内容チェック」の時間がかかります。
同意・不同意で、どちらにより時間がかかるか?
・乙号証に同意→被告人段階で「捜査官の作文の内容チェック」の時間がかかります。
・乙号証に不同意→被告人質問で聞くべき事項は
被疑者段階から意識的に聞くことで事前準備をすることができます。
被告人段階での準備は、時間的により短く済むと考えられます。
記事では、以下が「事前準備に時間がかかる」理由とされます。
被告人から犯情や一般情状にかかわる事項を十分に聞き取り,
乙号証を読み込み,尋問を組み立て,準備した尋問を試行した場合に
十分な供述が得られない場合には,尋問を変更し,再度試行する作業が必要となります。
記事を一方的に論評させていただくため
せめて、わかりやすく図表にまとめてみました。
上記LIBRA記事の「4事件受任前の心得」は、
「捜査官の作文の内容チェック」に時間がかかる
という視点が欠けているため、記事全体では
被告人質問先行型をすすめているのにも関わらず、
「事前準備に時間がかかる」という誤解を与えてしまい
かえって、未経験者の被告人質問先行型を遠ざけてしまっています。
※繰り返しますが、全体としてとても良い記事ですのでご一読いただきたいです。
3-7 二弁フロンティア2023年3月号:裁判員裁判レポート 裁判「官」裁判傍聴記

第二東京弁護士会の二弁フロンティア2023年3月号
■裁判員裁判レポート 裁判「官」裁判傍聴記(神山啓史元刑事弁護教官)
![]() |
裁判員裁判レポート 裁判「官」裁判傍聴記より引用 (ウェブページ版のスクリーンショット) |
神山啓史先生(元刑事弁護教官)は、東京地裁の傍聴の結果、
被告人質問先行型が「全く根付いていませんでした。」とされ、
その原因を以下のように分析されています。
⑧ 弁・証拠意見-乙号証
考えれば、弁護人には、大きな心の壁が3つあるようです。
第1に、被告人質問を先行させるとなると、それだけしっかりとした被告人質問の準備が必要になります。しかし忙しい中、そんなに時間をかけられない。
第2に、被告人質問が下手だと、裁判官から「これじゃ供述調書を読んだ方が早い。」と言われてしまう。それは恥ずかしい。
第3に、供述調書に間違いがなければ、裁判官に読んでもらえばいいじゃないか。なぜ供述調書より、被告人の生の声の方が良いのか分からない。
第1の「それだけしっかりとした被告人質問の準備が必要になります。」は、
被告人質問先行を未経験の弁護人が
準備が大変だ!と勘違いして怖気づいてしまう
「大きな心の壁」の一要素としては正しいです。
しかし、乙号証の証拠意見(不同意or同意)により、
弁護人の被告人質問の準備に大きな違いは生まれません。
時間をかけて被告人質問の準備をするかどうかは、
乙号証の証拠意見(不同意or同意)とは無関係であり、
あくまで、その弁護人の姿勢の問題でしょう。
神山先生(&岡先生共著)の論文には、以下の記載があります。
「制度の運用の検討に際しては、
必要な弁護活動が行われることを前提に議論されるべきである。
必要な弁護活動とは、まず、被告人供述調書の内容について、
記憶に反する点はないかを被告人から十分に確認することである。」
■判例時報 No.2263 平成27年9月11日号
https://hanreijiho.co.jp/wordpress/book/%E5%88%A4%E4%BE%8B%E6%99%82%E5%A0%B1-no-2263/
「被告人質問先行」に関する一考察を受けて②
「裁判官裁判」の審理のあり方 ――ダブルスタンダードは維持されるべきか…岡慎一(弁護士)・神山啓史(弁護士)12ページより引用。
真面目な弁護人が、「必要な弁護活動」を行う場合には
乙号証同意の意見でも「しっかりとした被告人質問の準備」をするはずです(図解①)。
とすれば、①乙号証同意でも②乙号証不同意でも、
被告人質問の準備の必要時間は「変わらない」です。
![]() |
同意or不同意により準備時間の長短が決まるわけではない図解©2023川口崇弁護士 |
■「必要な弁護活動」をする弁護人の証拠意見の
①同意と②不同意(AQ先行)の必要時間は同等です。
■「必要な弁護活動」をしない弁護人の証拠意見の
③同意と④不同意(AQ先行)の必要時間は同等です。
・乙号証同意でも慎重な準備をする弁護人はいますし(図解①同意)
・乙号証不同意でも慎重な準備をしない弁護人はいます(図解④不同意)。
一方、神山先生の「裁判員裁判レポート」では、
「必要な弁護活動」をしない弁護人の③同意と
「必要な弁護活動」をする弁護人の②不同意(AQ先行)との
証拠意見による必要時間を比較して、
「②不同意は③同意と比べてAQの準備に時間がかかる」と分析したと拝察します。
(AQ先行を希望⇨②だ!との先入観から「④」の存在が消えたのかもしれません。)
第3の「供述調書に間違いがなければ」に関連して、
弁護人の「捜査官の作文の内容チェック」に時間がかかるため、
AQ後行がタイパに劣っている、という視点が足りていません。
※「2-5 乙号証に「同意」はタイパが最悪」を参照。
真面目な弁護人が「必要な弁護活動」を行う場合(図解①)には
弁護人が、乙号証同意のために、被告人と一緒に行う
「捜査官の作文の内容チェック」が必須となり時間がかかります。
※筆者は、②不同意の方が①同意より乙号証チェック時間のタイパに優れると考えます。
神山先生は、被告人質問先行型をすすめているのにも関わらず、
乙号証を不同意にすると、乙号証に同意の場合と比較して
「しっかりとした被告人質問の準備が必要」という誤解を与えてしまい
かえって、未経験者の被告人質問先行型を遠ざけてしまっています。
「被告人質問先行では、必然的に、しっかりとした準備が必要」という
誤った前提を伝えてしまうと、ハードルが上がってしまいます。
筆者は「被告人質問の準備をサボれ」と主張するわけではありません。
「しっかりとした被告人質問の準備」は、
「被告人質問先行型の推奨」とは分離して
別項目として修習や研修で、伝授していただくべきだと考えます。
![]() |
青矢印(二段階)でレベルアップを目指すべき。 赤矢印のレベルアップは弁護人のハードルが高い。 |
図表③⇨図表④(AQ先行だけ)を推奨する。
図表④⇨図表②(尋問技術向上)は、別項目として伝授する。
と順番に研修・啓蒙していくべきであると考えます。
図表③⇨図表②(AQ先行+尋問技術向上)は、ハードルが高いです。
※図表③の弁護人は「尋問技術を向上したい!」意識の高い人だけではありません。
図表③の弁護人を「排除」せず、まず③⇨④AQ先行のメリットを解説するべきです。
【清野論文でも…】
しかし、罪体について弁護人から主質問をすることについては、
弁護人にとっても戸惑いが多く、また、
従前は必要としなかった準備を強いることとなり、
前掲の清野論文・8-9頁でも、
「従前は必要としなかった準備を強いる」と記載されます。
これは、上記2記事への指摘と同様に誤解を与えます。
ただ、検察官は、被告人と対立する当事者ですから、
弁護人が乙号証に同意して立証を手伝ってくれることを願っています。
「旧来型のAQ後行の方が弁護人にとっても簡単だよ😈 」
「乙号証不同意にすると準備大変だよ😈」と触れ回る理由があります。
また、検察官は、弁護人の実務を知らないので仕方ないです。
特に「国選弁護人の制約」に関する検察官の知識・理解は壊滅的です。
国選弁護報酬及び費用についての基本的な説明(FAQ)あたりに目を通していただきたいです。
3-8 オープンな質問の場合のAQ準備
法廷技術研修等で指導をされる
「オープンな質問」を実践する場合に
「しっかりとした被告人質問の準備が必要」になるか?
疑問に思うので、今後の記事の検討課題とします。
たとえば、いくら被告人質問の「準備」を頑張っても、
尋問技術が追いつかなければ、尋問はうまくいかないはずです。
筆者は、しっかり「弁論」を作ればアピールポイントは明確になり、
自ずと被告人質問における質問事項は意識できると考えます。
実際には「慣れ」が必要な尋問技術かもしれません。
ただ、AQ先行の方が尋問の場数を踏めて上手になることは確実です。
(研修等よりも現場で場数を踏むことが一番の修行だと考えます。)
季刊刑事弁護95号(現代人文社@2018年7月・56頁より引用)
座談会 被告人質問に対する弁護人の戦略・準備●馬場大祐/村井宏彰/金杉美和/趙 誠峰
金沢美和弁護士(京都弁護士会・57期)
「冒頭陳述、主尋問、反対尋問、最終弁論という、裁判員裁判でやる4つの活動の中では、主尋問が一番難しいと思っているのですが、同時に自分の中で一番自信があるのも、実は主尋問です。被告人質問については、私はあまり練習しない。質問事項も作らない。できるだけ生の事実をありありと引き出すっていうことに、いつも腐心しています。」
引用部分のあと「練習をするかしないか」の
テーマについて議論がされています。
どの弁護士も「オープンな質問」を前提としたうえで
「(全く・ほぼ)練習をしない派」(金沢美和弁護士・趙誠峰弁護士)と
「(2~3回等)練習をする派」(村井宏彰弁護士・馬場大祐弁護士)との
意見の違い、それぞれの理由が示されています。
筆者は、金沢美和弁護士のご発言が、
「オープンな質問」をする場合の帰結だと考えます。
筆者は、裁判員裁判では、簡単な質問事項を作り、練習します。
しかし、裁判官裁判では、弁論を質問事項の代わりにしています。
被告人質問の練習をすると(練習をしすぎると)、
被告人は、本番で練習を思い出そうと努力してしまいます。
「棒読み」をすれば、裁判官も自分の言葉ではないことを察します。
被告人質問の打ち合わせは、一問一答を練習するのではなく、
基本的な方向性と流れの確認作業の程度に留めるべきだと考えます。
3-9 被告人質問先行の食わず嫌い
![]() |
AQ先行は食べたら美味しいデス ©2001 Studio Ghibli・NDDTM |
数年の経験のある弁護人でも、いまだに
被告人質問先行型をハレモノ扱いする方がいます。
なぜ、被告人質問先行型に恐怖心を持つ弁護人がいるのでしょうか。
被告人質問先行型を通常事件で利用する潮流になった当時、
乙号証不同意を特殊な弁護活動であるかのような認識をもつ
裁判官がいらっしゃったように思います。
私(筆者)自身も、被告人質問先行型を希望したところ、
裁判官から「被告人質問先行型をご希望ですので、
被告人質問前に被告人質問の立証趣旨を述べてください。」という
指示を受けて、どういうことを述べればよいか聞き返したところ、
「冒頭陳述をしてください」と指示を受けたことがありました。
※弁護人の冒頭陳述について刑事訴訟規則198条に規定があるものの、
通常事件では弁護人に冒頭陳述の機会が無いことが多いため新鮮でした。
今では、乙号証を不同意にしても、通常の審理をしてくれます。
これは、裁判員裁判を経験した裁判官が増えて、理解が深まったと考えられます。
もし、過渡期の試行錯誤に萎縮しているのであれば、損をしています。
「被告人質問先行型は何か大変そう。」という認識は大きな間違いです。
司法修習や弁護士会の研修を通じて、
「被告人質問先行型を希望すると何か大変そう。オオゴトだ。」
という、間違った先入観を持たれているように思います。
「何か大変そう」という印象は「食わず嫌い」です。
4.乙号証を同意するべき例外の検討
乙号証を不同意にするべき理由を書き連ねました。
もっとも、(一部)同意にしても良い例外はあります。
乙号証の供述調書に一部同意する例外的場面(即日判決希望)と、
検討の結果、やはり不同意にするべき場面(外国人と障害者)をまとめます。
筆者の見解では、一部同意する場面は「極めて例外的」です。
村井宏彰弁護士は、季刊刑事弁護95号(2018年7月)掲載の論文で、
「結論として、被告人供述調書によるほうが適切な事案、すなわち、
被告人供述調書の取調べに対して同意し先に取り調べることが
被告人に有益・有利となる事案は、ほぼない。」と断言しています。
4-1 どうしても即日判決宣告をしてほしい場合
弁護人と被告人が、初回期日当日のうちに、
P論告⇨B弁論⇨A最終陳述⇨結審後休廷⇨J判決 という、
いわゆる「即日判決」をしてほしい場合があります。
主に、判決で執行猶予が確実な事案等において、
判決だけ別日にすることを避けたい場合に希望します。
※検察官の申立てる「即決裁判手続き」(法350条の16)では
原則「即日判決」(法350条の28)が規定されていますが、
「即決裁判手続き」以外の通常裁判でも即日判決をすることがあります。
・狭義の即日判決:即決裁判手続きで求められる「即日判決」(法350条の28)
・広義の即日判決:通常裁判で事実上行われる「即日判決」(裁判官の裁量)を含む。
本稿では、広義の「即日判決」を想定して記載をしています。
裁判官は「起訴状一本主義」(法256条6項)により、
1時間前まで起訴状しか読んでいなかった事件について、
請求証拠、被告人質問、論告・弁論等が終わった直後に、
20分か30分程度の休廷時間を挟んで、
判決主文と理由を作成して、宣告する必要があります。
事前に弁護人が裁判所に希望を出して、
裁判所書記官が、裁判官・検察官に意向を確認して、
即日判決でいける場合にのみ、即日判決が行われます。
もっとも、裁判所は即日判決をあまり認めてくれません。
刑事事件全体の中では、即日判決はレアケースです。
裁判所が弁護人に配布する「審理予定についての照会回答書」には
「□即決を希望する(理由:)」というチェックボックスがあります。
(これは「即日判決」を「即決」と省略していると考えられます。)
ただし、弁護人が「☑即決を希望」しても、裁判官が認めなければ実施されません。
「保釈できない事案だから即日判決を希望する」等の理由では、
☑即日判決の希望が通らないことが多いように思います。
(次回判決期日を早める対応をしてくれることは良くあります。)
裁判所が、仮に即日判決で行く判断をしているが、
検察官が「乙号証が不同意意見では論告できない」等と意見している場合に、
検察官との間で事前に証拠意見の調整をした方が良いかもしれません。
検察官は、被告人質問で犯罪事実を供述しない場合の担保として、
「乙号証に同意してほしい」と言ってくる可能性が考えられます。
乙号証の一部同意であれば、論告ができるならば、譲ることを検討するべきです。
弁護人は、検察官に乙号証を一部同意した証拠意見書を送付して、
一部同意で「論告」できることを確認しておくと、スムーズです。
近年では、乙号証「不同意。必要性なし」であっても、
認め事件のほとんどの場合に、検察官は当日中の論告をしています。
即日判決では、裁判官が乙号証を手元におきたい場合があります。
被告人質問の直後には、被告人の法廷供述の速記録が未完成のため、
短時間の休廷時間に判決を作成する参考資料として、
裁判官が、乙号証の罪体部分を確認することが考えられます。
裁判所書記官を通じて、乙号証の意見の確認があった場合には、
一部同意で検察官と調整する旨を伝えておくと良いかもしれません。
もちろん、即日判決のために(一部)同意する場合にも
被告人の明示の意思確認が必要です。
「即日判決で早く出たいから、不利益であっても同意する!」
という被告人が一定数見受けられますが、弁護人は冷静に判断してください。
多くの場合に裁判所は即日判決をしてくれないので、
闇雲に同意しても裁判迅速化の効果はありません。
※🆕関連記事コラムに記載したとおり、
筆者は乙号証「不同意」の証拠意見でも、
即日判決の言い渡しを受けた経験があります。
そのため、不慣れな検察官が
「不同意では当日の論告に対応できない!」と
弁護人に電話してきた場合に限定して
「同意」を検討するべき、とのニュアンスです。
不同意がベターであることは言うまでもありません。
【関連記事(即日判決に関する最新の立場)】
「AQ先行だと即日判決できない?」という虚偽の言説への否定(オーバーステイで実証)©2025川口崇弁護士
【関連新聞記事】
本稿とはほぼ関係ありません。即日判決について。
熊本地裁の刑事裁判、特定の裁判官が〝即日判決〟連発 開廷30分で実刑も 「拙速では」と疑問の声(熊本日日新聞 | 2023年1月16日 09:04)(記事引用)
杉原崇夫裁判官(51期)は、弁護人が即日判決を希望していないのに、
熊本地裁で即日判決を連発したとして、新聞記事で批判されました。
植木泰士記者は「即日判決をしないこと」を慎重な審理とみるようです。
筆者は「即日判決連発できる杉原裁判官、超優秀なんじゃ?」と感じます。
認め事件では、即日判決ウェルカムと感じる弁護人は、筆者だけでしょうか。
特に、勾留中の被告人にとって「1ヶ月後に判決」より「即日判決」が良いと考えます。
「裁判の迅速化は、第一審の訴訟手続については二年以内のできるだけ短い期間内にこれを終局させ、その他の裁判所における手続についてもそれぞれの手続に応じてできるだけ短い期間内にこれを終局させることを目標として、充実した手続を実施すること並びにこれを支える制度及び体制の整備を図ることにより行われるものとする。」(裁判の迅速化に関する法律第2条)
合理的に「できるだけ短い期間内」を突き詰めれば、即日判決になります。
原則即日判決を定める即決裁判手続きが法律で認められるのに、批判は不当と感じます。
新聞記事では、即日判決による「冤罪の恐れ」を論じています。
>即日判決に違法性はないが、日弁連は「審理を手抜きして迅速化を図ることがあってはならない」とくぎを刺す。被告が起訴内容を認めていても、冤罪の恐れをはらむからだ。
>富山県氷見市で02年に起きた女性暴行事件では、虚偽の自白を強いられた男性が富山地裁高岡支部で実刑判決を受けて服役後、真犯人が見つかった。
しかし、漫画やドラマとは違い、裁判官は自ら証拠収集に出かけませんから、
認め事件でいくら休廷日を設けても、裁判官が冤罪を見抜くことはできません。
新聞記事の指摘は、ズレていると感じます。
当時の裁判官が、氷見事件の冤罪を見抜くチャンスがあったとすれば、
被告人質問で罪体について問い、供述に迫真性がなかった時点だと考えます。
J「あなたの供述は覚えていない点が多いけど、本当に、現場にいったのですか」
A「・・・」
J「弁護人、被告人と打ち合わせをされる必要はありませんか」
こんなやりとりになっていれば、冤罪を防げていたのではないか。
2002年(平成14年)当時の刑事弁護活動では、
認め事件は請求証拠を「すべて同意」して、
弁護人が被告人質問でも罪体を全く聞かないことが普通でした。
乙号証の「不同意」意見なら、認め事件でも、被告人質問で
弁護人が罪体を聞いて被告人が直接自分の言葉で話しますから、
不自然な法廷供述や客観証拠・被害者供述との不整合があれば、
裁判官が不自然さから冤罪に気がつくチャンスを生んでくれます。
4-2 外国人の被告人から直接話を聞くことが難しい場合の検討
「不同意。必要性なし。通訳人を介した供述調書には、二重の齟齬が生じる危険があるため、信用性を争う。」
本稿では、外国人弁護について上記の証拠意見を推奨します。
外国人事件では、法廷通訳を介しての被告人質問になるため、
直接話を聞くことが難しい場面にあたるようにも思えます。
しかし、外国人の供述調書自体が捜査機関の通訳人を介した内容であり、
通訳人を介して聴取⇨捜査官作成⇨供述調書を通訳して読み上げ⇨被告人が確認⇨サイン指印
という、作成過程を辿っているため、「二重の齟齬」が生じる危険性があります。
外国人の供述調書(乙号証)は「不同意」にした方が安全です。
また、外国人の被告人から供述調書の正確性や明示の意思確認をするには、
通訳人と一緒に勾留場所にいき、乙号証を読み聞かせて確認する必要があるため、
通訳の時間がかかってしまいます。
外国人の被告人に法廷で直接話をさせて、法廷通訳人に通訳をさせた方が適切です。
※「2-5 乙号証に「同意」はタイパが最悪」を参照。
外国人事件ビギナーズver.2(現代人文社・200頁)は、外国人被告人について
安易に供述調書に同意するべきではない
という趣旨の記載をして、AQ先行を推奨しています。
以下の裁判例を引用しています。
東京高判昭和51年11月24日(裁判所HP参照)
立会わせた通訳人をして被疑者の供述を日本語に通訳させ、
さらに日本語で記載された供述調書の内容を被疑者に通訳させてこれを理解させ、
日本語の記載が被疑者の供述に符合していることを確認させて
日本文調書に署名等を求めるという方式にとどめる場合には、
右の過程で供述と記載の間に二重のそごが生じる可能性があり、
しかもその発生原因となると思われる当該通訳人の通訳人としての
一般的能力や通訳時における通訳の正確性あるいは通訳人としての公平性などを
供述調書と翻訳文のそれぞれの記載自体を対比するという方法によつて
事後に吟味をすることができない
という問題があつて、この点から完壁さを欠くことになる」
4-3 障害を有する被告人から直接話を聞くことが難しい場合の検討
「不同意。必要性なし。被告人は◯◯という障害を抱えた供述弱者であるため、信用性を争う。」
本稿では、障害者弁護について上記の証拠意見を推奨します。
被告人が精神障害や知的障害を抱えている場合に、法廷でうまく話せません。
事件の筋や時系列を十分に話すことができないと予想されます。
一方で、法廷で話すことができないレベルの障害をもった被告人が、
被疑者段階で供述調書の作成に真摯な同意をすることもできません。
考え方が2つあるように思います。
(1)乙号証を不同意として、AQ先行で、上手く話せない状態を顕出させる。
(2)乙号証を一部同意して、AQ後行で、情状関係に絞って被告人質問をする。
(1)乙号証を不同意として、AQ先行で、上手く話せない状態を顕出させる。
AQ先行で上手く話せない結果、立証責任を負う検察官は、
乙号証を撤回せずに、法322条で請求することになります。
健常者の弁護活動では、法322条の請求に対して、
「被告人は被告人質問で十分に話したから、不必要かつ不相当です。」
と意見を述べて、検察官の請求を却下することを求めることになります。
一方で、障害者の弁護活動では、法322条の請求に対して、
「被告人は被告人質問で十分に話した」とまでは言えないことが多いです。
弁護人は法322条の請求に対して「被告人は供述弱者であり、
法廷供述を超えて被疑者段階で不利益な事実の承認をすることはできないから、
被告人の供述調書の採用は不必要かつ不相当です。」と意見するべきです。
※障害者弁護ビギナーズと情状弁護アドバンスによれば、
(1)AQ先行を希望することが現在スタンダードの障害者弁護活動です。
(2)乙号証を一部同意して、AQ後行で、情状関係に絞って被告人質問をする。
乙号証を同意すれば、乙号証が被告人質問に先立って読み上げられるため、
法廷で罪体・犯情を聞かずとも、検察官の立証責任は果たされることになります。
※ただし「3-5 裁判官は、乙号証同意であっても犯情を聞き取る必要性を感じている」を参照。
罪体・犯情を端折って情状関係に絞って被告人質問をするという
伝統的なスタイルの方が、やりやすい場面があるかもしれません。
ただし、障害者の被告人から供述調書の正確性や明示の意思確認をするには、健常者よりも時間がかかります。
※「2-5 乙号証に「同意」はタイパが最悪」を参照。
そもそも「認め事件」の扱いをして良いのか?
ところで、弁護人は、障害者被告人の
罪状認否を認める予定である陳述に依拠して良いのでしょうか。
誘導された供述調書の内容が、被告人の中で真実にすり替わっているかもしれません。
証拠意見以前に「認め事件」の扱いをして良いのか?という問題です。
健常者であっても、時間とともに事件当時の記憶は薄れていき、
捜査官の誘導に従う形で、被疑者の記憶が再形成されることがよく見られます。
弁護人との意思疎通さえ十分にできない障害者被告人について、
どのように弁護活動をするべきか、非常に難しい問題を抱えていると感じます。
障害者弁護ビギナーズ(現代人文社・183頁)は、障害者被告人の場合にもAQ先行を推奨しています。
「7供述調書の任意性・信用性
取調べ段階で供述調書が作成されている場合、検察官は、この供述証拠を証拠として請求する場合がほとんどである。
弁護人としては、本人の供述調書に安易に同意をすることは避けなければならない。
むしろ、本人の供述調書に同意すべき場面というのは、非常に限られていると考えられる。
とくに、現在は被告人質問先行型で審理が行われることも多くなっており、裁判所としても、供述調書の採用は被告人質問の後に検討を行うようになってきている。
とくに、障害のある人の場合、障害特性から、捜査官による誘導によって供述調書が作成され、それが本人の真意に基づかないものであることも多い。
そのため、供述調書の任意性・信用性を争うことを検討しなければならない。」
(任意性の記載を中略。「湖東記念病院冤罪事件」を引用しています。)
「また、任意性を争うことが困難な場合でも、供述調書では本人の本来的な能力からはるかに乖離した整理された内容が出てきたり、意図的に不利な内容が強調された記載になっていることも少なくない。
その際には、信用性を争い、公判での被告人質問で本人の供述をきちんと顕出させ、調書を採用させないようにする活動が必要である。
不利益な部分(ただし重要なもの)についても本人の言葉で供述をすることで、供述調書を取り調べる必要性がないといえるようにしなければならない。
この場合、証拠意見の例としては、「信用性を争う。また、被告人質問を先行し、そのうえで必要性について判断されたい」などの意見を述べることが考えられる。
そして、被告人質問の中で、本人なりの言葉で、十分に弁護人のケースセオリーを立証するための供述を述べる。
その後、乙号証の採否の処理の段階において、もともとの供述調書の必要性が失われたものとして、あらためて却下を求めることになる。」
情状弁護アドバンス(現代人文社@2019年・140頁)は、障害者被告人の場合にもAQ先行を推奨しています。
「ほかにも、たとえば障害のある依頼者の特徴など(調書では一人称で流暢にまとめられているために伝わりづらい部分)を裁判官に目と耳で理解させることもできる。」
LIBRA2014年8月号6ページでは、障害者被告人の供述調書について「安易に同意すべきではない。」と指摘しています。
(1)捜査記録の検討,供述調書の任意性・信用性
捜査記録の検討に当たっては,特に,被告人の供述調書の任意性・信用性について争う余地がないかを慎重に検討する必要がある。障害のある人の特性に鑑みれば,供述調書の任意性・信用性を争うべき場合は多いと思われる。検察官の証拠請求に対して,安易に同意すべきではない。
「知的障害者・高齢者等の刑事弁護と社会復帰支援」
「障害者刑事弁護マニュアルの紹介」(著者:山田恵太先生)
内閣府「障がい者制度改革推進会議」第6回議事録(平成22年3月30日)の資料では
4-4 最低限の内容の調書に一部同意してAQで黙秘する場合の検討
最低限の内容の供述調書に一部同意して
被告人質問では黙秘戦術をとる場合が例示されます。
しかし、趣旨が読み取れません。現在調査中です🚧
情状弁護アドバンス(現代人文社@2019年・140頁)は、カッコ書きで例外的場面としています。
「被告人の供述調書に同意することは例外的な場合(最低限の内容の調書がある場合に、それに同意して公判で黙秘をする場合など)であることをよく理解し、本当に同意してよいかどうかは慎重に吟味すべきである。
【否認事件の例を書いてしまった説】
認め事件の法廷で黙秘戦術を使うことは、とても一般的とは言えないと考えます。
(「情状弁護~」という書籍のタイトルから、認め事件だと思うものの…)
「否認事件」の場面で公訴事実の一部を認めて黙秘する、という趣旨のようにも読めます。
【裁判員裁判の例を書いてしまった説】
「裁判員裁判の情状弁護」に関する例外的な場合を想定した趣旨かもしれません。
岡慎一弁護士・神山啓史弁護士の論文では、こう書かれています。
第二に、清野論文は、「弁護人が被告人にとって有益・有利であると判断して、乙号証を同意するという方針を選択する場合には、当該弁護方針こそが優先されて然るべき」であるとするが(九頁)、この指摘は、そのとおりである。
すなわち、「分かりやすく、的確な心証形成を可能にする」というのは判断者の視点からのメリットである。そして、弁護人は、裁判員裁判では「裁判員に分かりやすい立証及び弁論を行う」努力義務(裁判員規則四二条)を負うが、この義務は被告人の利益を養護するという基本的任務に優先するものではない。したがって、例えば、犯行態様が残虐な事件などで、「分かりやすく、的確な心証形成を可能にする」立証は被告人に不利益になると判断した場合は、被告人質問先行に応じるべきではない。そして、弁護人が、被告人との協議のうえで、こうした判断をした場合は、被告人質問先行を実施することは相当ではないといえよう。
(岡慎一弁護士・神山啓史弁護士の論文11頁より引用)
岡神山論文ではAQ先行を選択すると被告人に不利益になる例として
「犯行態様が残虐な事件などで(の分かりやすい立証)」をあげるものの、
直前に裁判員規則四二条の引用があることから、
裁判員裁判ではAQ後行を選択するべき場合があるという例示だと考えられます。
この点、清野論文はAQ先行の通常事件への拡大(に反対)がテーマですから、
岡神山論文は裁判員裁判ではなく通常事件の例外場面をあげるべきでした。
通常事件では「残虐な事件」は裁判員裁判よりも類型的に少ないですし、
職業裁判官に乙号証よりも被告人質問が悪い心証を与える可能性は低いと考えます。
【認め事件&通常事件における「黙秘戦術」の検討結果】
いずれにせよ、本稿の想定読者(新人・若手弁護人)のレベルを超えています。
黙秘戦術を検討するレベルに達している弁護人は、本稿を卒業されているでしょう。
横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇
〆
【条項の省略について】
本稿では刑事訴訟法320条1項を「法320条」と記載します。
本稿では刑事訴訟法322条1項を「法322条」と記載します。
本稿では刑事訴訟法326条1項を「法326条」と記載します。
【略語について】
J:裁判官
P:検察官
B:弁護人
A:被告人@起訴後(被疑者@起訴前)
AQ:被告人質問
AQ先行:被告人質問先行
AQ後行:被告人質問後行
通常事件:裁判官裁判(裁判員裁判以外の裁判)の刑事事件。
※裁判員裁判と裁判官裁判は判読困難のため、本稿では通常事件とする。
認め事件:Aが公訴事実を認める事件。
※自白事件は供述調書で自白したニュアンスが含まれるため、本稿では認め事件とする。
法:刑事訴訟法
規則:刑事訴訟規則(改正毎にPDFのURLがリンク切れしてします。)
※初稿では身上調書は同意するニュアンスでした。
身上調書は、主に罪体以外の内容であり、
採用のデメリットが大きくないと考えたからです。
筆者は、現在は考えを改め、身上調書(供述調書)も、
採用留保の訴訟指揮をするべきと考え、
身上調書を含んだ供述調書を不同意としています。
「身上調書」と言っても、関連性のない余罪等について
記載している場合があり、AQ前に全部採用してしまうことで、
被告人の不利益になる場合があるため、採用留保が適切です。
また、検察官が身上調書から立証する事項は、
せいぜい冒頭陳述の身上部分に限られますので、
主質問では、身上について冒頭陳述の確認だけすれば
論告としても立証十分になります(実務での体感)。
著作権法32条1項に基づく引用
・本稿の引用論文は、著作権法32条1項の「批評、研究」の目的で引用しています。
・本稿の引用論文は、各著者・各出版社・各弁護士会が著作権等の権利を有します。
・執筆にあたり、東京弁護士会(LIBRA)と第二東京弁護士会(二弁フロンティア)の公開記事を参考にさせていただきました。弁護士会の積極的な情報発信に感謝します。
・弁護士山中理司先生のホームページにリンクさせていただきました。情報公開請求した書面を整理してブログで開示していただき、いつも助けられています。
■ブログ内で利用させていただいた画像について
・スタジオジブリさまの各画像は「常識の範囲でご自由にお使いください。」との利用規約に従って利用しています。「スタジオジブリ関連作品の著作権表示について」を参考に©マークを記載して引用元作品のURLをリンクしています(著作権法48条の出処の明示)。堅苦しくなりがちな刑事弁護の専門的記事にユーモアを与えてくれたスタジオジブリさまに感謝します。
・エルシャダイの画像は「当サイト『エルシャダイ 無料倉庫』内で配布している素材は、個人、法人、商用、無料でご利用頂けます。」とのご利用規定に従って利用しています。「著作権は(c)crimです。明記をお願いします。」に従い©crimを記載して引用元URLをリンクしています(著作権法48条の出処の明示)。「そんな引用で大丈夫か」「大丈夫だ、問題ない」crimさまに感謝します。