裁判官主導で被告人質問先行型を実施する方法の考察【裁判官向け】©2023川口崇弁護士
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🎩「被告人質問先行を主導する裁判官のイメージ」 ©2013 Studio Ghibli・NDHDMTK |
目次
1.はじめに
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BとA「乙号証は不同意。必要性なし。」⇨被告人質問先行 ©1986 Studio Ghibli |
この関連記事で(主に新人・若手)弁護士向けに
乙号証の不同意意見を述べるべき助言を記載しました。
Q.何をすればよいか?
A.乙号証「不同意。必要性なし。」の証拠意見を述べることだ。
とシンプル化したうえ、乙号証不同意のメリットを解説しました。
本稿では、弁護人が「すべて同意」してしまう場合に
裁判官が被告人質問先行の訴訟指揮をする方法と理由をまとめました。
弁護人にとっても参考になるものと考えております。
2.被告人質問先行の訴訟指揮
2-1 被告人質問先行が根付いていないこと
被告人質問先行型の通常裁判は普及していません。
(なお、裁判員裁判では完全に被告人質問先行です。)
東京弁護士会のLIBRA2021年12月号
■「「被告人質問先行」はなぜ普及しないか ─座談会の感想も含めて─」
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2021_12/p02-13.pdf

司法研修所の教育は、裁判員裁判時代になったので被告人質問を先行させるというものです。身上経歴調書や犯行状況を認めた調書も不同意にして「任意性は争いませんが、審理に必要な事実は被告人質問で明らかにしますので、採否を留保してください。被告人質問が終わった後、なお、この調書の請求を維持するかどうかについて検察官に確認していただきたい。請求が維持されてもそのときには必要性のないことは明らかになるはずです。」ということを言って、乙号証を使わない審理をしようと言われたはずです。しかし、残念ながら、東京であっても乙号証を不同意にして被告人質問を先行でやる法廷は9割方ないです。
第二東京弁護士会の二弁フロンティア2024年11月号
「神山啓史の 国選弁護「チェックリスト」(前編)」
神山啓史元教官が「司法研修所の刑弁教官をしたのが67期から71期」の期間、
刑事弁護教官として被告人質問先行型を推進して
リーダーシップをとってきたと承知しています。
その姿勢は、現在の刑事弁護教官室に受け継がれ、
72期以降の司法修習生にも白表紙等を通じて伝わっています。
刑事弁護の手引き(令和4年4月)(令和4年4月版:75期から白表紙として配布。)
(平成29年8月版の17頁も同様の記載あり。)関連記事で引用済み。
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」28頁
(司法研修所刑事弁護教官室。75期から白表紙として配布)
(4)証拠意見の留意点
「公訴事実に争いのない事件だから検察官請求証拠に全て同意する」という考えは、改める必要があります。(※被害者の供述調書についての記載を中略)
被告人の供述調書は、
裁判員裁判か裁判員裁判かを問わず、
※筆者注:片方が「裁判官裁判」or「非裁判員裁判」の誤字
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」として、被告人質問を先行させるべきです。
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」22頁
被告人の供述調書については、公訴事実の争いの有無にかかわらず、同意すべきではありません。
被告人は法廷にいます。被告人の供述は捜査官の作文性の強い供述調書ではなく、直接主義、公判中心主義の観点から、被告人自らが事実認定者の面前で供述することであり、弁護人はその供述を十分に引き出すべきです。
したがって、被告人の供述調書について弁護人の述べるべき証拠意見は
「不同意。任意性は争わない。採否を留保し、被告人質問を先行されたい。」です。
それにもかかわらず、
神山元教官が2022年5月から12月まで
東京地方裁判所の刑事裁判を傍聴をした結果、
被告人質問先行型は「全く根付いていませんでした。」
「今、弁護人から、供述調書を使わない裁判を
積極的に進めていかないのは残念で仕方ありません。」
と非常にガッカリされたことが報告されています。
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裁判員裁判レポート 裁判「官」裁判傍聴記より引用 |
2-2 司法修習と被告人質問先行
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司法修習期とAQ先行の主な出来事の年表 |
裁判員裁判で「被告人質問先行型」という概念が生まれる前に、
刑事関連(刑事弁護・刑事裁判・検察)の実務修習を終えていますから、
修習期間中に被告人質問先行に触れる機会がなかったはずです。
62期から65期は、裁判員裁判の被告人質問先行の傍聴の機会はあっても、
通常事件の被告人質問先行は実施されていません。
66期以降は、裁判所の刑事裁判の修習配属部によっては
通常事件の被告人質問先行の説明があり、運が良ければ傍聴の機会もありました。
70期以降は、「刑事弁護の手引き」(修習配布資料)で通常事件の被告人質問先行が明記されました。
実際の傍聴の機会にも恵まれたはずです。
修習地によっては旧式弁護人の「すべて同意」公判しか傍聴していないかもしれません。
※司法修習生は、通常事件&認め事件では弁護人の証拠意見に着目して傍聴しましょう。
齊藤啓昭裁判官:(被告人質問先行は)裁判員裁判では,当初からやっていますが,
東京地裁では,裁判官裁判の自白事件でも平成25年頃から各部で取り組んでいます。
LIBRA2016年6月号4ページより引用
「近時の刑事裁判実務 ─ 裁判員裁判制度スタートから7年経過して ─」
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2016_06/p02-19.pdf
2-3 裁判官はどうするべきか
弁護士会や刑事弁護教官が教育や啓蒙をしても、
乙号証不同意の意見(⇨被告人質問先行希望)を述べることができない
弁護人が一定数存在している現実はあるのでしょう。
そこで、(最高)裁判所が考えるべきことは、
現場の裁判官の証拠採用等の訴訟指揮に関して、
積極的に被告人質問先行型を推奨することです。
本稿では、被告人質問先行型審理を積極的に推進していない
裁判官にも課題があるのではないか?と問題提起します。
※もちろん、被告人質問先行型審理を積極的に推進する
意欲的な裁判官がいらっしゃることを承知しています。
筆者は、弁護士になったあと、当時横浜地裁に
在籍していらっしゃった裁判官から、
被告人質問先行のイロハを教えていただきました。
それ以降、乙号証は「不同意。必要性なし。」としています。
刑事裁判の理想的な姿は、
弁護人が創造するものではなく、
裁判官も一緒に考え、目指すべきです。
※本当は、検察官も真剣に考えるべきです。
平成25年頃に東京地裁で通常事件の被告人質問先行が開始して10年を迎えました。
司法研修所において、神山元教官のご指導を
直接または間接的に受けた世代の67期以降の裁判官が、
今後は、各地方裁判所で単独事件を扱うことになります。
刑事訴訟法・刑事訴訟規則は、証拠調べ手続きに関して、
1.検察官の証拠請求(甲・乙)があり(法298条1項)
2.弁護人の証拠意見(甲・乙)があり(規則190条2項)
3.裁判官が採否決定をする(規則190条1項)ことを定めます。
具体的に実務では、以下の流れで通常裁判が進みます。
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「弁護人、ご意見は」(規則190条2項)
B「すべて同意します。」(何も考えていない証拠意見)
J「では、採用しますので、検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問後行
これでは、被告人から直接話を聞く前に、
被告人の供述調書(作文)が読み上げられてしまいます。
しかし、裁判官は、弁護人が「すべて同意」したとしても、
「証拠調の範囲、順序及び方法を定めることができる」(法297条)ため、
検察官の請求証拠の採用を留保する権限を有しています。
筆者は、裁判官が一計を案じることができると考えます。
審理の「3パターン」を考えましたので、裁判官はぜひご覧ください。
2-4 検察官の乙号証請求を制止するパターン①
パターン①は、裁判官が検察官に対し、証拠請求の厳選を求める方法です。
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「検察官、乙号証のうち、被告人の供述調書の請求は
被告人質問の後に、必要な範囲で請求でよろしいですか。」(法297条の意見聴取)
P「しかるべく。甲号証のみ請求します。」
B「弁護人、甲号証のご意見は。」(規則190条2項)
B「すべて同意します。」(何も考えていない証拠意見)
J「では、採用しますので、検察官、甲号証を読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問先行
読みやすいように「甲号証のみ請求」と記載していますが、
適宜「甲号証及び乙号証のうち住民票・戸籍・前科調書」と読み替えてください。
※刑事訴訟規則189条の2は、
「証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して」
証拠調べの請求を行うべきことを定めています。
⇨被告人質問の実施予定がある(全ての)刑事裁判において、
乙号証の供述調書は、直接の被告人質問に劣後します(法320条1項)。
そのため、検察官の証拠請求から除外されるべきです。
※刑事訴訟規則193条は、検察官に対して、
「まず、事件の審理に必要と認めるすべての証拠の取調を
請求しなければならない。」ことを定めます。
また、刑事訴訟規則199条は、裁判官に対して、
「まず、検察官が取調を請求した証拠で
事件の審判に必要と認めるすべてのものを取り調べ」ることを定めます。
検察官は、まず、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調を請求しなければならない。
(証拠調の順序) 第百九十九条
証拠調については、まず、検察官が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるすべてのものを取り調べ、これが終つた後、被告人又は弁護人が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるものを取り調べるものとする。但し、相当と認めるときは、随時必要とする証拠を取り調べることができる。
2 前項の証拠調が終つた後においても、必要があるときは、更に証拠を取り調べることを妨げない。
そのため、検察官は、規則193条に基づいて
乙号証を含む全証拠を取りまとめて請求証拠にします。
しかし、被告人質問先行型の審理を前提に考えれば、
乙号証の供述調書は必ずしも「事件の審判に必要」ではありません。
⇨被告人質問後に、供述調書が必要となったタイミングで追加請求を認め、
「随時必要とする証拠を取り調べる」ことが必要かつ相当と考えられます。
裁判官が、検察官に一部の請求を遅らせることは、
検察官が作成された全ての被告人の供述調書を証拠請求しているわけではない実情
(たとえば被告人質問の弾劾の場面等において、証拠請求をしておらず、
弁護人に任意開示をした被告人の供述調書が初登場すること)等からも
特段に不自然な取り扱いとは考えられません。
【コラム】証拠厳選を実施される裁判官との出会いについて🆕
2024年7月19日、筆者は横浜地方裁判所小田原支部の事件を担当しました。
公訴事実に争いのない「認め事件」です。
期日前の事前アンケートには「乙号証不同意。AQ先行」の旨を記載しています。
筆者は、乙号証は「不同意。必要性なし。」の証拠意見書を提出しました。
なお、甲号証は「同意」しました。
(即日判決のために甲号証は検察官に譲歩しました。)
裁判官(部長)は、弁護人に証拠意見を確認する前に、
検察官に対し、「まず、厳選すべき証拠について。
甲8から甲11のLINEはどういう趣旨ですか」とたずねました。
検察官の説明後に裁判官は納得され、弁護人同意→採用されました。
本稿2-4は、乙号証の証拠厳選をするアイデアを提案します。
裁判官(部長)は、さらに、甲号証についても証拠厳選を検討されました。
刑事訴訟規則189条の2に従えば、裁判官の訴訟指揮として正しく、
本来あるべき証拠厳選の姿勢だと感心させられました。
弁護人の証拠意見(法326条ほか)の検討より前に、
裁判官は、検察官の証拠請求の段階において、
関連性(規則189条の2)・必要性を検討するべきです。
※弁護人も、甲号証を積極的に不同意にするべきです。
(本件では即日判決予定のため同意に譲歩しましたが)
筆者は、認め事件でも、関連性・必要性のない甲号証を不同意としています。
関連性・必要性の乏しい証拠の取調べは、公判時間の無駄使いです。
検察官は、証拠等関係カードを弁護人に事前交付しないことが多いため、
弁護人は、公判まで立証趣旨を想像で考えるしかないことが多いです。
(本件では事前に依頼してFAXで証拠等関係カードの事前交付を受けました。)
さらに、証拠等関係カードの立証趣旨は、実際にはあまり役立ちません。笑
検察官の主張する立証趣旨の文言ではなく、
本件で想定される冒頭陳述・論告から
当該証拠による要証事実との関連性・必要性を検討して、
悪印象を与える証拠については不同意とするべきです。
弁護人の実務経験が足りないと、想像力が及ばず、
関連性・必要性のアタリをつけることが難しいかもしれません。
検察官の実務として、警察官から送られてきた証拠については、
あまり検討せず、証拠請求してしまっていることが実情だと感じます。
検察官が、警察官に配慮して、全部請求してあげているのかな?と感じます。
たとえば、窃盗の「実行行為の防犯カメラ映像」は直接証拠で必要ですが、
「犯人逃走中や警察官による逮捕時の防犯カメラ映像」は、
被告人が犯人性を認める場合には、関連性・必要性がありません。
逮捕時の往生際の悪さは、立証を許すべき重要な犯情とはいえません。
検察官は、請求段階で厳選せず関連性の低い甲号証を請求しがちです。
・罪体の主質問の順番
裁判官(部長)は、弁護人(筆者)に対して、
「被告人質問先行の場合に、罪体を検察官に聞いてもらう方法と、罪体から弁護人が聞く方法があると思いますが、どうしますか」と希望を聞いてくれました。
筆者は、いつも通り、罪体から弁護人が聞く方法を選択しました。
罪体の主質問を検察官に委ねる方法は、
罪体質問の主導権を検察官に譲ることと同じでしょう。
たしかに、裁判員裁判では、罪体と情状に分離して、間に証人をはさんで、
サンドウィッチ形式の被告人質問が実施されることがあります。
ただし、裁判員裁判でも、罪体の主質問を検察官に譲ることはありません。
邪推ですが、裁判官主導の被告人質問先行の方法では、
弁護人に罪体の質問のやる気・自信がなく、検察官の希望から、
検察官に罪体の主質問をやらせることがあるのかもしれません。
(清野論文にいう「虫食いの被告人質問」への配慮かもしれません。)
※任意性まで争う証拠意見書を提出する
筆者のような弁護人に、主質問を譲る選択はないように思いますが、
裁判官から検察官への配慮としては理解できます。
・乙号証の撤回。即日判決。
乙号証は、被告人質問後、検察官が撤回しました。
弁護人の希望通り、無事に即日判決となりました。
弁護人が乙号証を不同意として不採用でも、即日判決を言い渡せます。
この点、関連記事では、「4-1 どうしても即日判決宣告をしてほしい場合」に
乙号証を同意にしても良い例外としていますが、
弁護人の主質問・検察官の論告整理・裁判官の心証形成が、
きっちり噛み合えば、不同意でも即日判決は言い渡せるということです。
・裁判官に求められる能力
裁判官には、生の被告人質問で心証形成をする能力が求められています。
そして、調書裁判からの脱却のためには、
裁判官は、裁判員裁判だけでなく、日々の通常事件で、
生の被告人質問による心証形成の能力を磨いていく必要があります。
2-5 弁護人に採用留保の意見聴取をするパターン②
裁判官が、弁護人の「すべて同意」意見に対し、
イニシアチブの放棄と捉えて、被告人質問先行の訴訟指揮をする方法です。
パターン②は、実務上、裁判官主導で被告人質問先行をしている法廷で見られます。
ご報告では、事前に書記官を通じて電話で連絡があったようです。
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「弁護人、ご意見は」(規則190条2項)
B「すべて同意します。」(何も考えていない証拠意見)
J「弁護人。本法廷では、被告人の供述調書の採用を留保して
被告人質問のあとで、必要な範囲で、採否決定しています。
弁護人と検察官から、被告人に犯罪事実を質問してもらって、
裁判官は、直接心証を取ります。採用留保でよろしいですか。」(法297条の意見聴取)
B「しかるべく!」(肯定しかできない。)
J「検察官も乙号証は採用留保でよろしいですね。」(法297条の意見聴取)
P「しかるべく。」
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、住民票・戸籍・前科調書は採用します。
乙号証のうち、その余の供述調書は採用留保します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問先行
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「すべて同意」意見は、弁護人のヒヤリハット事案です。 |
事前に被告人に明示の意思確認をしないまま
「すべて同意します。」と意見している弁護人は、
ヒヤリハットに足を踏み入れていることを自覚するべきです。
裁判官は、刑事事件に不慣れな弁護人に対し、
乙号証の採用留保を打診して、被告人を救済するべきです。
2-6 被告人に採用留保の意見聴取をするパターン③
裁判官が、弁護人の「すべて同意」意見に対し、
イニシアチブの放棄と捉えて、被告人質問先行の訴訟指揮をする方法です。
「すべて同意」という何も考えていない証拠意見を述べる
弁護人には法297条の意見聴取をせずに、被告人に意見聴取をする、という発想です。
P「証拠等関係カード記載の証拠(甲・乙)を請求します。」(法298条1項)
J「弁護人、ご意見は」(規則190条2項)
B「すべて同意します。」(何も考えていない証拠意見)
J「被告人。このあとの被告人質問において、
私は、あなたの供述を直接聞くことになります。
(弁護人は、被疑者段階の供述調書を採用してよい、
と乙号証に同意する証拠意見をだしていますが、)
私は、あなたの法廷でのお話を直接聞いたあとで、
被疑者段階の供述調書の採用を検討します。よいですね。」(法297条の意見聴取)
A「あ、はい。それでお願いします。」
J「検察官も弁護人も乙号証は採用留保でよろしいですね。」(法297条の意見聴取)
P・B「しかるべく。」
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、住民票・前科調書は採用します。
乙号証のうち、供述調書は採用留保します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問先行
パターン③は、刑事訴訟法326条1項が、
「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は」と
定めていることを意識して、被告人から意見聴取しています。
法297条が「検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き」と
定めていることを受け、被告人に対して、被告人質問先行で
進めていくメリットを直接説明して、審理を進めるパターンです。
規則190条1項及び同2項は、「証拠調又は証拠調の請求の却下」(規則190条1項)「の決定をするについては、証拠調の請求に基く場合には、相手方又はその弁護人の意見を」「聴かなければならない。」(規則190条2項)と定めています。
裁判官は「相手方」=被告人本人「又はその弁護人」に対し、
検察官請求証拠の証拠意見を「聴かなければならない」とされます。
裁判官は、弁護人に証拠意見を聞けば被告人本人に証拠意見を聴かなくても違法ではない、というルールであり、
裁判官は、被告人か弁護人のどちらかにしか証拠意見を聞いてはならない、というルールではありません。
「3-5 弁護人と裁判官のイニシアチブ」で述べるように
弁護人が「すべて同意」意見を述べて、
被告人質問先行のイニシアチブを放棄する場合には、
裁判官が、イニシアチブをもって
積極的に訴訟指揮をして被告人質問先行を推行するべきです。
2-7 裁判官主導の被告人質問先行の報告例
『NIBEN Frontier』2016年12月号の「【特集】[最新]刑事弁護事件の実務」
弁護人に採用留保の意見聴取をするパターン②に該当する方法として、
北川朝恵先生の「4. 被告人質問先行型の公判」の記事が参考になります。
https://niben.jp/niben/books/frontier/frontier201612/2016_NO12_23.pdf
実際、私が平成27年に担当した
覚せい剤取締法違反事件(自白事件)でも、
被告人質問先行型の公判が行われました。
公判期日の2週間くらい前に裁判所書記官から電話があり、
「うちの部では自白事件でも被告人質問先行型でやっているのですが、
先生はおやりになったことはありますか?」と突然言われてびっくりしたのを覚えています。
被告人質問先行型という方法があること自体は何となく知っていたので、
特に反対もせず(というよりかあまり考えもせず)、
被告人質問先行型を実施することになりました。
公判当日、乙号証には全て同意していたのですが、
裁判所は、被告人の身上経歴の調書と戸籍関係、前科前歴関係の乙号証のみ取調べを行い、
その余の公訴事実に関する供述証書については全て採否を留保しました。
その上で、弁護人から、罪体、情状の順番で被告人質問を行い、
検察官が反対質問をし、最後に情状証人の尋問という流れでした。
情状証人の尋問が終わると、裁判官から検察官に対し、
乙号証のうち採否留保中のものについてどうするかとの質問があり、
検察官が撤回し、論告弁論を経て、結審しました。
たとえ、弁護人が、乙号証の供述調書に関して
「すべて同意」の証拠意見を述べていたとしても、
裁判官主導で、被告人質問先行型を進めることは可能です。
※著者の北川朝恵先生は、元刑事弁護教官(2018年~2021年)です。
司法研修所教官 経験者座談会〜「司法修習のいま」と「弁護教官の仕事」〜
https://niben.jp/niben/books/frontier/backnumber/202207/post-424.html
※なお、記事では検察官が撤回したため事なきを得ましたが、
「すべて同意」の証拠意見を述べて検察官が撤回しなければ、
乙号証が採用される危険があります。
裁判官からの被告人質問先行の事前打診に対し、
弁護人は「不同意。必要性なし」と意見するべきです。
※[最新]刑事弁護事件の実務は、2016年の過去記事です。現在の[最新]ではありません。
2-8 弁護人に被告人質問先行型の「希望」を確認する必要があるか
被告人質問先行型の推進を妨げる理由として、
弁護人が、AQ先行を希望せず、乙号証に同意してしまうから、
という言説を目にすることがあります。
しかし、ドラスティックな疑問を述べれば
裁判官が「被告人質問先行型を希望するかどうか」を
弁護人に事前に確認する必要があるのでしょうか。
たしかに、被告人質問は、
①主質問:弁護人
②反対質問:検察官
…再主質問・再反対質問…
③補充質問:裁判官
という順番で行われるため、
裁判官には、はじめに①主質問をする弁護人から、
流れよく犯情・罪体を聞いてほしい、という期待があり、
裁判官は弁護人に確認(依頼)をしているのかもしれません。
では、弁護人が、犯情・罪体のAQの準備をせず、
裁判官がいきなり被告人質問先行型で審理を進めた場合に、
どのようなことになるのでしょうか。
おそらく、弁護人は犯情・罪体を
うまく聞くことはできない(ことが多い)でしょう。
(これは、弁護人の尋問技術によるところが大きいです。)
しかし、下手な尋問が、直ちに被告人の権利侵害につながるのか?
といえば、そうではないと考えます。
✕弁護人が乙号証に「すべて同意」してしまう場合には
捜査官の作文(供述調書)が証拠として読み上げられます。
◯弁護人の希望を聞かずとも、
裁判官主導で被告人質問先行型の場合には、
(検察官が諦めれば)作文は読み上げられません。
仮に、法322条等で採用されて読み上げられる場合にも、
被告人質問により心証を取った後の補充資料に過ぎません。
裁判官の視点から見れば、
✕捜査官の作文(供述調書)ベースの審理をするか
◯主質問が下手でも被告人質問ベースの審理をするか
という二者択一の問題に収斂します。
意欲的な裁判官は「作文よりはAQベースがマシ」と考えるはずです。
また、たとえ①弁護人の主質問が下手だったとしても、
②刑事事件が専門の検察官の反対質問が下手なわけがありません。
弁護人が流れよく主質問で犯情・罪体を聞き出せなくても、
検察官が反対質問で犯情・罪体を聞き足せば、問題はありません。
2-9 AQ後の直接主義・公判中心主義のボールは裁判官が握る
被告人質問先行型で公判を実施する大義名分は、
刑事訴訟法の規定する直接主義・公判中心主義の実現と説明されます。
被告人質問先行型の審理を実施する場合には、
被告人質問の実施前に、供述調書(書面)を読まれず、結果、
被告人質問時(前)における裁判官の予断排除が保障され、
この点において、直接主義・公判中心主義の実現が果たされます。
公判進行中における「予断排除」はとても重要なメリットです。
特に、被告人質問時(前)の供述調書読み上げ(ネタバレ)を防止できれば、
作文による心証形成を防ぐことができ、弁護人にとって目的達成とまで感じます。
一方、被告人質問先行型の審理をした場合でも、
検察官が乙号証の請求を維持し法322条で請求する場合には
(裁判官が「必要性なし」等で法322条請求を却下しなければ)
結局、供述調書(書面)の要旨が公判で読み上げられる可能性があります。
つまり、被告人質問先行型で審理をしても、AQ実施の後における
「書面主義」の呪縛を完全には排斥することはできません。
(「調書裁判」の呪縛とも言えます。)
弁護人が、直接主義・公判中心主義をコントロールできる部分は、
被告人質問の前の証拠(乙号証)請求の段階において
「不同意。必要性なし」の証拠意見を述べるまで、に留まります。
被告人質問の後の検察官による法322条の請求(または撤回)は、
弁護人にはコントロールできず、裁判官だけが却下可能です。
弁護人は、せいぜい「不必要。不相当。」と
証拠採用に反対意見や異議を述べる権利しか与えられていません。
被告人質問の後に、ボールは裁判官の手中にあり、
・法322条請求を却下して直接主義・公判中心主義を実現するか
・法322条請求を認めて、書面主義による心証形成を許すか(調書裁判)
その判断が裁判官に求められる、という状況にあります。
これを弁護人の視点から見れば、
「被告人質問の前に乙号証を読ませないこと」は、確実に実現可能です。
「被告人質問の後に乙号証を読ませないこと」は、不確定です。
弁護人が、主質問で犯情・罪体を十分に聞けていると判断しても、
検察官が、反対質問で論告の中心とする事項の話を聞けなければ、
検察官は、被告人質問の後で、法322条で請求するわけですから、
弁護人がAQやその準備をいくら頑張ろうと、検察官には関係がなく、
弁護人が直接主義・公判中心主義を完全にコントロールすることはできません。
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弁護人は被告人質問時までの直接主義を導けるが、 被告人質問後の直接主義を制御することはできない。 |
そうすると、裁判官から弁護人への事前打診において、
「被告人質問先行でやるから、弁護人も準備して」という説明は、
あくまで倫理的・道義的な助言にとどまるように思います。
被告人質問先行をぶっつけ本番でやっても、
特段の問題は生じないのではないか、と思うところです。
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、住民票・前科調書は採用します。
乙号証のうち、その余の供述調書は採用留保します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
⇨被告人質問先行
B「主質問(罪体・犯情を聞かない)」※主質問で聞くべきことのわからない不慣れな弁護人を想定。
P「反対質問(罪体・犯情を聞く)」※はじめから時系列で聞く。虫食いではない。
J「補充質問」
(被告人質問終了↑ネタバレで裁判官に予断を与えない審理が実現した)
P「乙号証を法322条請求。」(B留保同意ではP請求維持)
J「乙号証の法322条請求を却下or認める。」
※裁判官が直接主義・公判中心主義を実現するかどうか判断。
従来型の弁護人を想定して、主質問で情状だけを聞く場合を検討します。
弁護人は「すべて同意」意見と同じAQの準備しかしていない状態です。
検察官が法322条の請求をするかどうかは、
弁護人の主質問ではなく、検察官の反対質問の技術に左右されます。
裁判官が、直接主義・公判中心主義に鑑みて、
法322条の必要性等の判断をすることになります。
3.被告人質問先行のイニシアチブ議論
3-1 AQ先行のイニシアチブとは
先人は、当事者(被告人)がイニシアチブを持つべきであり、
裁判官はイニシアチブを持たない、という結論に至ったかのように見えます。
青木孝之教授(元裁判官)の論文では、以下のようにまとめられています。
森下弘弁護士は、被告人質問先行の採否は事案によるが、
そのイニシアティブが当事者に委ねられるべきことについて異論はないという。
また、岡慎一及び神山啓史の両弁護士も、弁護人が被告人にとって
有益・有利と判断し、乙号証に同意するという方針を選択する場合には、
当該弁護方針こそが優先されるべきだとする清野の所説に賛意を表した。
つまり、検察官も弁護人も、当事者が選択した立証方針は
尊重されるべきであり、裁判所はそれに容喙すべきではないというのである。
(青木孝之教授の論文より引用) ※「容喙」:口出し
清野憲一検事の論文では、こう書かれています。
いずれにしても、
現行刑事訴訟法の採用する当事者主義構造の下では、
弁護人が被告人にとって有益・有利であると判断して、
乙号証を同意するという方針を選択する場合には、
当該弁護方針こそが優先されて然るべきであり、
これを公判中心主義や直接主義といった抽象的な理由で、
当事者の積極的な賛同を得られぬまま
被告人質問先行を行うことは甚だ問題である。
(清野憲一検事の論文9頁より引用)
森下弘弁護士の論文では、こう書かれています。
「被告人質問先行」型の採否については、事案によるのであって、その意味でのイニシアチブが当事者主義に委ねられていることについては、筆者にも異論はない。
注釈(10)「しかし、「被告人質問先行」型の採否については、当事者主義によって、
被告・弁護側にとっても利害得喪を生じさせ得るものであるから、
厳しい意見の対立を生む事案も少なくないであろう。」
(森下弘弁護の論文・5頁と7頁より引用)
岡慎一弁護士・神山啓史弁護士の論文では、こう書かれています。
第二に、清野論文は、「弁護人が被告人にとって有益・有利であると判断して、乙号証を同意するという方針を選択する場合には、当該弁護方針こそが優先されて然るべき」であるとするが(九頁)、この指摘は、そのとおりである。
すなわち、「分かりやすく、的確な心証形成を可能にする」というのは判断者の視点からのメリットである。そして、弁護人は、裁判員裁判では「裁判員に分かりやすい立証及び弁論を行う」努力義務(裁判員規則四二条)を負うが、この義務は被告人の利益を養護するという基本的任務に優先するものではない。したがって、例えば、犯行態様が残虐な事件などで、「分かりやすく、的確な心証形成を可能にする」立証は被告人に不利益になると判断した場合は、被告人質問先行に応じるべきではない。そして、弁護人が、被告人との協議のうえで、こうした判断をした場合は、被告人質問先行を実施することは相当ではないといえよう。
(岡慎一弁護士・神山啓史弁護士の論文11頁より引用)
■青木孝之教授・元裁判官(一橋大学)「現行刑事訴訟法における当事者主義」
■判例時報 No.2252 平成27年5月21日号(2015年)
https://hanreijiho.co.jp/wordpress/book/%E5%88%A4%E4%BE%8B%E6%99%82%E5%A0%B1-no-2252/
清野憲一・前橋地検正検事「『被告人質問先行』に関する一考察」
■判例時報 No.2263 平成27年9月11日号(2015年)
https://hanreijiho.co.jp/wordpress/book/%E5%88%A4%E4%BE%8B%E6%99%82%E5%A0%B1-no-2263/
「被告人質問先行」に関する一考察を受けて①
清野論文に対する批判的検討 ――主に弁護人の立場から……森下弘(弁護士)
「被告人質問先行」に関する一考察を受けて②
「裁判官裁判」の審理のあり方 ――ダブルスタンダードは維持されるべきか…岡慎一(弁護士)・神山啓史(弁護士)
AQ後行が被告人に「有益・有利」なケースは極めてレア
筆者も、被告人にAQ先行のイニシアチブがあること自体には異論ありません。
しかし、通常事件では、清野論文の指摘する
「弁護人が被告人にとって(AQ先行よりもAQ後行の方が)有益・有利であると
判断して乙号証を同意するという方針を選択する」べきケースは「極めて例外的」です。
森下論文と岡神山論文(弁護士陣営)も「有益有利論」に賛同しますが、
清野論文に巧妙かつ無意識にミスリードされてしまった印象を受けました。
殊更に論文で例外事由があるように指摘するほどのことか?疑念があります。
・森下論文では「事案による」として、例外場面の例示がありません。
・岡神山論文ではAQ先行を選択すると被告人に不利益になる例として
「犯行態様が残虐な事件などで(の分かりやすい立証)」をあげるものの、
直前に裁判員規則四二条の引用があることから、
裁判員裁判ではAQ後行を選択するべき場合があるという例示だと考えられます。
この点、清野論文はAQ先行の通常事件への拡大(に反対)がテーマですから、
岡神山論文は裁判員裁判ではなく通常事件の例外場面をあげるべきでした。
通常事件では「残虐な事件」は裁判員裁判よりも類型的に少ないですし、
職業裁判官に乙号証よりも被告人質問が悪い心証を与える可能性は低いと考えます。
・北川朝恵先生の「4. 被告人質問先行型の公判」の記事(2016年12月発行)では、同意の証拠意見で裁判官主導の被告人質問を打診された場合に、被告人質問先行を受け入れないケースの存在を指摘します。
「なお、被告人質問先行型を受け入れるかどうかは一概には言えず、事案によります。例えば、犯行態様が残虐で、被告人の口から具体的に犯行態様が語られると逆に心証が悪くなるような事案では、被告人質問先行型には応じない方針をとることも考えられます。」
※念のため弁護士陣営の論文をフォローします。
森下論文、岡神山論文(弁護士陣営)は、平成27年・2015年(8年前)に、
5月号の清野論文への反論文として、9月号に掲載された論文であり、
刑事事件で多忙な3人の弁護士が時間を削ってわずか3ヶ月程度で執筆されています。
平成25年頃に通常事件の被告人質問先行が開始されてから、
平成27年はまだ2年程度の時期であり、弁護士3名は、
「例外場面があるか」「例外場面は具体的になにか」手探り状態でした。
2023年に記事を書いた筆者でさえ「例外」の文献探しに苦労する状況です。
そのため、当時、例外場面に含みを残した表現をしたのかな、と推察します。
現在どのように例外場面を考えていらっしゃるか教えていただきたいですね。
村井宏彰弁護士は、季刊刑事弁護95号(2018年7月)掲載の論文で、
「結論として、被告人供述調書によるほうが適切な事案、すなわち、
被告人供述調書の取調べに対して同意し先に取り調べることが
被告人に有益・有利となる事案は、ほぼない。」と断言しています。
季刊刑事弁護95号(現代人文社@2018年7月・34頁より引用)
非裁判員裁判における審理の在り方―被告人質問をもっと「先行」しよう!
・前掲の白表紙「刑事弁護の手引き」では、
「原則として~」等の枕詞を差し挟まず、裁判員裁判でも通常事件でも、
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」として、被告人質問を先行させるべきです。と助言しています。
さすがに、司法研修所(刑事弁護教官室)が、
「例外なく不同意」とまで強行主張をしている、とは思いませんが、
修習生向けには、有利・有益である例外を具体的に挙げないで
「不同意」(AQ先行)を推奨しています。
・筆者は、関連記事で「4.乙号証を同意するべき例外の検討」をまとめています。
①即日判決宣告希望(⇨Pと調整して一部同意でAQ後行のケースも許容)
②外国人被告人(⇨原則AQ先行)
③障害者被告人(⇨原則AQ先行)
そして、②・③ではむしろ原則AQ先行を推奨する結論に至りました。
①は、弁護人が、被告人の即日判決で得る利益(身柄拘束期間短縮)と被告人のAQ先行の直接供述権を比較衡量して、苦肉の策として譲歩により一部同意するケースです。
ただし、本来、AQ先行でも、検察官が事前に論告を作り必要に応じて法322条請求をして論告をして、裁判官が主にAQで心証をとって即日判決宣告をできるのであれば、①もAQ先行にするべきですが、検察官と揉めて未決勾留期間が伸びても、被告人にとって不利益ですので、検討するべきケースです。
・情状弁護アドバンス(現代人文社@2019年・140頁)では以下の記載があります。
「被告人の供述調書に同意することは例外的な場合(最低限の内容の調書がある場合に、それに同意して公判で黙秘をする場合など)であることをよく理解し、本当に同意してよいかどうかは慎重に吟味すべきである。」
もっとも、認め事件の法廷で黙秘戦術を使うことは、とても一般的とは言えないと考えます。(もちろんケースバイケースです。ただ、法廷で黙秘戦術を使う弁護人は、証拠意見も口頭で「すべて同意」とはせず、証拠意見書を仕上げて、AQ後行希望を表明するでしょうから、イニシアチブが議論になるケースとは思えません。)
・供述弱者である外国人被告人や障害者被告人でさえ原則AQ先行が良いのに、
例外的に、AQ後行にした方が被告人に有益・有利になる例が思いつきません。
特に、通常事件の「認め事件」(公訴事実に争いのない事件)において、
「弁護人が被告人にとって(AQ先行よりもAQ後行の方が)有益・有利であると
判断して乙号証を同意するという方針を選択する」べきケースは、
実務ではほぼ無いのではないか?と考えています。
3-2 AQ先行イニシアチブ議論の整理
![]() |
AQイニシアチブの議論は、裁判官の乙号証の採用留保判断の可否の問題。 |
前提として、AQイニシアチブの議論を整理しました。
【AQイニシアチブの議論になる場合】
弁護人が乙号証に単に「同意」の証拠意見を述べた場合にAQ先行の議論が生じます。
・「同意」(AQ先行意見なし)⇨AQイニシアチブの議論が生じます。
【AQイニシアチブの議論にならない場合】
・「同意+AQ先行希望」⇨AQ先行になり、AQイニシアチブの議論は生じません。
・弁護人が乙号証に「不同意。必要性なし。」や「留保」の
証拠意見を述べる場合にはAQ先行になり、議論は生じません。
なぜなら、乙号証に「不同意」や「留保」の場合、
裁判官は(AQ実施前には)乙号証を採用できず、
論理必然に被告人質問先行が導かれるから、です。
(弁護人が「不同意」or「留保」により、AQ先行を選択したと言えます。)
Q. AQイニシアチブの議論は、どんな場面で生じるのか。
A. ⇨弁護人が、乙号証に単に「同意」してしまった場面です。
(当事者の包括的代理権をもつ)弁護人が
AQ先行のイニシアチブをもつにもかかわらず、
・乙号証に単に「同意」意見を述べている場合には、
「AQ先行・AQ後行」の希望は、ニュートラル(中立)です。
![]() |
B単に「同意」意見⇨AQ先行orAQ後行についてニュートラル(中立)になる B「同意。ただし被告人質問を先行されたい。」意見⇨AQ先行になる |
(弁護人が単に「同意」の意見を述べている場合に、)
裁判官は、被告人の供述調書(作文)を
・「採用決定」して、AQ前に読み上げさせる(AQ後行)べきか、それとも、
・「採否留保」して、AQ後に採否決定の判断すること(AQ先行)が許容されるのか
という議論が、AQイニシアチブ議論と整理されます。
3-3 被告人がAQ先行のイニシアチブをもつ
まず、AQ先行型にするか、AQ後行型にするかの
選択について、被告人がイニシアチブを持ちます。
筆者は、刑事訴訟法326条が
「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は」と定めることから、
被告人の供述調書の読み上げのタイミングを決める
AQ先行のイニシアチブを持つ当事者は「被告人」であると考えます。
弁護人は、被告人の包括的代理権を有するに留まります。
※「被告人の明示又は黙示の意思に反する代理行為は無効であると解される」(裁判例)
3-4 検察官にAQ後行のイニシアチブはない
(被告人がAQ先行選択のイニシアチブを持つ一方、)
検察官は、AQ後行選択のイニシアチブを持ちません。
なぜなら、検察官には反対質問の機会があり、
直接の反対質問による立証が可能であるため、
検察官は、作文をAQより先に読ませてもらうAQ後行を希望する
実質的なメリットを持たないからです。
![]() |
🐗💨乙事主「戻ってきた!あぁぁぁ!黄泉の国から検事たちが帰ってきたぁ! 続け!検事たち!書面神(シシ神)の元へ行こう!」🐗🐗🐗💨💨 🐺Jサン「乙事主さま落ち着いて!死者は蘇ったりしない!」👋 ©1997 Studio Ghibli・ND |
検察官のAQ後行希望は「昔ながらの書面スタイルで立証したい」
という既得権益保持のための希望表明に過ぎません。
被疑者段階の作文が、被告人の法廷供述に優先する論理など、存在しません(法320条1項)。
※清野論文では、通常裁判ではAQ後行で実施したい旨の
形式的な理由が検察官の立場から説明されています。
しかし、裁判員裁判経験の複数ある筆者個人の感想としては、
清野論文は古い時代のAQ後行に後ろ髪を引かれているように感じます。
今の時代の検察官は、現場で問題なくAQ先行に対応できています。
3-5 弁護人と裁判官のイニシアチブ
つぎに、AQ先行のイニシアチブをもつ被告人の包括的代理権を有する…
弁護人が被告人にとって有益・有利であると判断して、
乙号証を同意するという方針を選択する場合には、
当該弁護方針こそが優先されて然るべきであり(清野論文9頁)
という有益・有利の判断がある場合の結論に、実は強い異論はありません。
弁護人が、AQ後行を強く希望している場合には、
裁判官は、これを尊重するべき場面があるかもしれません。
(例:裁判官がAQ先行を打診したが弁護人も被告人も断った場合等。)
しかし、弁護人がAQ後行を強く希望する場面は、極めてレアケースです。
(「AQ後行が被告人に「有益・有利」なケースは極めてレア」を参照。)
弁護人が、単に「すべて同意」の証拠意見を述べている場合に、
「被告人にとって有益・有利であると判断」をしている、とはいえません。
伝統的な「すべて同意」は、AQ先後を意識していない証拠意見です。
この場合、弁護人がAQ先行のイニシアチブを放棄しているといえます。
弁護人が、AQ先行のイニシアチブを放棄した場合には、
(≒AQ先行に反対せず、単に「すべて同意」意見を述べる場合には)
被告人の「AQ先行・AQ後行」の希望は、ニュートラル(中立)です。
この場合、裁判官が、イニシアチブをもって
積極的に訴訟指揮をして被告人質問先行を推行するべきです。
【清野憲一検事のAQ先行への立場】
筆者は、清野検事の立場を以下に整理します。
■弁護人が「不同意」なら、清野検事はAQ先行に反対はしない。(賛成はしないけど、受け入れる。)
■弁護人が「すべて同意」なら、清野検事はAQ先行に反対する。
まず、清野検事は、裁判官裁判において、
弁護人が、被告人質問先行を希望する(通常「不同意」)場合に
被告人質問先行を実施することまで、強硬に反対していません。
清野検事は「不同意」の場合に被告人質問先行になることの
帰結にまで反対をする強硬論者ではありません。
もし、清野検事が強硬論者であれば、
弁護人の「不同意」証拠意見直後の
被告人質問の実施前のタイミングにおいて、
「検察官が法322条を請求をするべきだ!」や
「裁判官が法322条を即時採用するべきだ!」といった
論調の記載がされると想定されますが、
清野論文にはそのような記載は見受けられません。
『NIBEN Frontier』2015年7月号と8・9月号には、
検察官招聘研修 裁判員裁判における検察官から見た弁護活動
この後編「7 裁判所の最近の傾向に関する検察庁の考え方」には、「ただ、私の個人的な考えですけれども、若干、公判中心主義がドグマティックになりすぎているんじゃないかと思うことがあります。1つは、被告人質問先行主義を一般事件でもやるということです。被告人質問先行主義を一般事件でやるにはかなり無理があり、そのしわ寄せは弁護人にも検察官にも多大に及ぶものです。被告人質問先行主義で裁判員裁判がうまくいっているのは、公判前で被告人の主張がかなり明確に現れ、その争点に即して証拠が整理され、取捨選択された上で証人尋問の予定も決まっているからです。争点も全く分からないという手探りの状態で、被告人質問を先行させる場合には、やはり当事者の積極的な同意を得ていただきたい。あるいは、乙号証を採用するという前提であれば柔軟に対応しますということを、裁判所にも申し入れをしているところです。捜査段階の供述について、検察官も弁護人も、捜査段階の供述とずれているじゃないかという反対尋問を多くされていると思いますけれども、これがかなり裁判所から制限されていることについては、先ほど述べました。」とあります。
清野検事の「一般事件で」(≒裁判官裁判で)「被告人質問を先行させる場合には、やはり当事者の積極的な同意を得ていただきたい。」について分析します。
「当事者」は(文脈から)弁護人及び検察官だと読めます。
そうすると、省かれた主語は「裁判所が」です。
「(当事者の)積極的な同意」とは、
弁護人が、積極的に「不同意。必要性なし」等の
被告人質問先行になる意見を述べることを指します。
そして、3-4 検察官にAQ後行のイニシアチブはない です。
(また裁判官が検察官からAQ先行の同意を得ることは不可能です。)
そのため、裁判所が、被告人質問を先行させる場合には、
やはり弁護人の積極的な同意(=不同意意見)を得ていただきたい。
と、おっしゃりたいのだろうな、と筆者は解釈します。
後藤昭名誉教授も、清野論文を同様に分析します。
「ただし、そこで清野が直接に批判する被告人質問先行方式とは、
弁護人が乙号証の採用に同意してもなお被告人質問を先行させる方式を指す。
本稿が想定するように、弁護人が「不必要」という理由で
乙号証採用に同意しない場合にもその批判を及ぼす趣旨かどうか明確ではない。」
被告人質問先行型審理の意味●後藤昭名誉教授・弁護士は、
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月・13頁注釈より引用)
上述のように、
弁護人が、AQ先行のイニシアチブを放棄した場合には、
(≒AQ先行に反対せず、単に「すべて同意」意見を述べる場合には)
被告人の「AQ先行・AQ後行」の希望は、ニュートラル(中立)です。
このニュートラル(中立)の場面の裁判所の訴訟指揮に関して、
■清野検事は、弁護人の「不同意」意見がなければ、AQ先行に反対します。
■筆者は、弁護人の「同意」意見であっても、AQ先行の義務があると考えます。
※なお、裁判官のAQ先行の訴訟指揮にあたって、
このニュートラル(中立)概念が重要なポイントです。
先行研究がありません。本稿のオリジナルとなります。
3-6 AQ先行の訴訟指揮をするべき法的根拠
なぜ、裁判官が被告人質問先行を推行するべきか。
被告人と裁判官の立場から、法的根拠を考えました。※本稿独自
根拠①.無罪推定から導かれる被告人の直接供述権
根拠②.同意権から導かれる被告人の直接供述権
根拠③.予断排除から導かれる裁判官の訴訟指揮義務
※書籍や文献では、弁護人の立場から
「直接主義・公判中心主義の実現」等の理念的説明はありますが、
被告人にとって「被告人質問先行が法律上の権利である」という人権や
法的根拠の観点から十分な説明がなされていないように思います。
3-7 無罪推定から導かれる被告人の直接供述権・根拠①
「無罪推定の原則」(法336条)の趣旨から、
被告人は、罪状認否で認めた罪の具体的な内容を
直接法廷で話す機会を与えられるべきです。
なぜなら、認め事件であっても、重要な犯情に関して、
乙号証の供述調書読み上げ前に、
裁判官に直接に弁明・説明する機会が必要だからです。
筆者はこれを被告人の「直接供述権」と定義します。
そして、被告人の直接供述権は、弁護人の「すべて同意」意見よりも重いです。
※弁護人の意見は、単に「すべて同意」意見を述べる場合を想定。
森下論文(判例時報4ページ)では、こう書かれています。
「清野論文でいう当事者主義は、当事者訴訟追行主義のことと解されるが、
当事者平等主義の立場からは、被告人を訴訟当事者として捉えなければならない。
従って、被告人は、起訴前の取調対象としてではなく、訴訟当事者として、
検察官立証の後に、まず弁明の機会としての被告人質問が行われるべきこととなる。
この点は、キャリア裁判でも異ならず、
むしろ、従前のキャリア裁判では、起訴前と同様に、
被告人は審判対象としてしか取扱われていなかったといわなければならない。」
「自白の取調べ時機は、それ以外の証拠の取調べ終了後に行われるべきことが明記(刑訴法301条)されている。
この趣旨は、罪体は被告人の自白以外で認定されるのが原則であり、
被告人質問は弁明(主張)を聴く機会を与えるものだとの理解に沿うものである。」
3-8 同意権から導かれる被告人の直接供述権・根拠②
刑事訴訟法326条1項は、伝聞例外として
「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は」と定め、
被告人の供述調書について被告人本人の「同意権」を認めます。被告人が、同意の主体です。
弁護人は、被告人の包括的代理権を有するに留まります。
そして、法320条1項が「被告人」がする直接の法廷供述を、
被疑者段階の作文(伝聞証拠)よりも優先させていることから、
被告人が、作文採用前に法廷で直接話す利益は法律上保護されるべきです。
つまり、弁護人が単に「すべて同意」の意見を述べる場面では、
被告人の「法廷供述をまず聞いてほしい」との「意思に反する」可能性が高いため、
裁判官が、被告人の直接供述権を最大限に尊重して、
被告人質問先行型の審理をすることに法律上の根拠があります。
「裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人が合意の上」と定めており、
「弁護人」が登場します。明文で区別されていることからも、
法326条は、被告人本人の「同意権」を意識した条文構造です。
※裁判例によれば「弁護人は、被告人の行うことができる訴訟行為のうち
性質上代理を許すもの全てについて、包括的な代理権を有しており」その一方、
「被告人の明示又は黙示の意思に反する代理行為は無効であると解される」とされます。
横浜国立大学金子章教授「被告人の同意の有無を確かめることなく、弁護人の同意のもとに検察官請求の書証を同意書証として取り調べたことが違法とされた事例 ―広島高判平成15年9月2日高刑速平成15年3号131頁、判時1851号155頁」を参照。
https://ynu.repo.nii.ac.jp/records/3339
【被告人の明示の意思確認が乙号証で特に必要な理由】
■甲号証は、認め事件であれば、被告人の黙示の同意があると考えることが可能です。
ただし、甲号証も、公訴事実と関連性のない証拠等は、弁護人が不同意にすべきです。
■乙号証は、「被告人の言葉ではない作文を裁判で読み上げる」という、
極めて不利益な訴訟行為に関する被告人の同意ですから、明示の意思確認が必要です。
しかし、弁護人が単に「すべて同意」の意見を述べる場面では、
被告人の乙号証への明示の意思確認をしていない可能性が高いと考えられます。
3-9 予断排除から導かれる裁判官の訴訟指揮義務・根拠③
刑事訴訟法は、「予断排除の原則」を採用します。
予断排除は「起訴状一本主義」(法256条6項)の規定に代表されます。
起訴状一本主義は裁判官の公判「前」の予断排除を規定する、とされます。
さらに、刑事訴訟法は、冒頭陳述でも「裁判所に事件について
偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない。」
(P:法296条但書・B:規則198条2項)と規定しています。
刑事訴訟法は公判「進行中」にも予断排除を求めていると解釈されます。
筆者は、「予断排除の原則」の趣旨は、公判「進行中」の
被告人質問と「証拠調の~順序」(法297条)の訴訟指揮にも妥当すると解します。
裁判官は、予断排除の原則の趣旨に従って、被告人質問先行を選択するべきです。
裁判官は、
◯法廷の被告人質問において、被告人が直接供述した事実により心証を取るべきです。
✕密室の取調室において、被疑者が間接的に供述した事実とされる作文により心証を取ることは避けるべきです。
そして、被告人質問の前に、作文でネタバレをすることは、
まさに、裁判官の心証に「予断」を生ぜしめることになります。
※なんなら検察官は、乙号証を都合よくかい摘んで読み上げます。
(要旨の告知:規則203条の2第1項、法305条1項の例外規定)
被告人質問の場面の予断排除原則の趣旨から
被告人質問「後行」の証拠採用は原則禁止するべきです。
裁判官は、できる限り、訴訟指揮(法294条・法297条)により
被告人質問を「先行」させ、予断なく被告人の話を聞くべきです。
3-10 裁判官の検察官への忖度
実は、裁判官の立場で考えると、
「弁護人が被告人質問先行型を希望するかどうか」を聞くという配慮は、
裁判官にとって、検察官へのエクスキューズ(忖度)に過ぎないと感じます。
すなわち、「弁護人が被告人質問先行型を希望している」という
見え方であれば、当事者主義訴訟構造の建前から問題を生じません。
※裁判官は、検察官の不平不満に対し、弁護人に責任転嫁することができます。
一方、「裁判官主導で被告人質問先行型で実施した」という
見え方の場合に、検察官から裁判官への不平不満が出てしまう。
※たとえば、P「弁護人は乙号証にすべて同意していて、採用してくれれば、
公判では話さない乙号証の供述調書だけに書いてあった重要な犯情について、
証拠(作文)に基づいて論告をできたのに、論告が落ちてしまった!」等です。
ただ、弁護人から全国の検察官に手厳しい指摘をすれば、
検察庁が、供述調書に頼った論告を改める時期がきた、ということです。
裁判はナマモノなのに、論告の事前決済は無理があるでしょう。
現状では、論告の事前決済のために乙号証の採用に頼ってしまっています。
一般的には、検察官としては、公訴事実等を立証する証拠として被告人質問を利用することは想定していない。
(清野論文4ページより引用)
清野論文の上記部分を読んだ全国の裁判官から
「いや、知らんがな!!!」というツッコミの声が聞こえてきます。
![]() |
全国の裁判官「知らんがな!!!」 ©1988 Studio Ghibli |
予定調和の刑事裁判の時代は終わりました。
現在、司法修習の刑事弁護教官室では、
被疑者段階では黙秘権を行使して供述をしない、
「原則黙秘」の指導をしています。
(刑事弁護教官による原則黙秘記事を「調書裁判」を根絶する試みの整理にまとめます。)
原則黙秘すると、被告人の供述調書が存在しない
「供述調書不存在」の状態が原則になります。
今後の公判担当検察官には、被告人の供述調書という
被告人質問のカンニングペーパーさえ存在しない状態で、
現場で被告人質問をする能力・実力が求められています。
![]() |
乙号証が存在しないと、検察官は乙号証を請求できない。 |
検察庁は「昔ながらのスタイルで立証したい」という既得権益を捨てて、
被告人質問先行型の公判にアジャストした「検察改革」を進めるべきです。
【先進各国の刑事司法について】
法曹三者は、先進各国の法制度と比較するべきです。
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なんなん…日本の刑事司法😢 ©2014 Studio Ghibli・NDHDMTK |
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なんなん…😢 ©2014 Studio Ghibli・NDHDMTK |
○ 警察段階の自白や供述調書等の証拠能力
・ なし(独)(仏)(伊(弾劾証拠としては使用可))
・ 不同意の場合なし(韓)(香)
・ 任意性が認められればあり(英)(米)(台)
・ 録音・録画があればあり(豪)
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/sousa/sousa_koudoka_kenkyukai/pdf/chuukanhoukoku.pdf
・日本の刑事訴訟法は、韓国に近いと考えられます。
「不同意の場合(に証拠能力)なし」⇨「同意すれば証拠能力あり」(法326条)。
ただし、韓国をはじめ諸外国は、取調べへの立会いを認めます。
(香港は、調書交付後14日以内に不同意の通告がなければ、証拠能力あり。
ただし、身体拘束下の取調べ可能時間が原則48時間と短いです。)
・イギリスやアメリカの「任意性が認められればあり」は、
同意では証拠能力を付与せず、任意性立証が必要になると理解できます。
・ドイツ、フランス、イタリアは、証拠能力がありません。
G7(日本、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア)の中で、
カナダのデータがありませんがイギリス法(コモンロー)に類似と推測すれば
日本、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、イタリアと分類され
(赤は同意だけで証拠能力付与、緑は任意性立証があれば可、青は証拠能力なし)
日本の刑事訴訟法326条における被告人の供述調書の扱いの異常性が目立ちます。
日本は、
乙号証への「同意による証拠能力付与(法326条)」と
乙号証の「検察官による伝聞例外請求(法322条)」を
禁じ手とする法改正をするべきだと考えます。
刑事訴訟法改正が、調書裁判の抜本的な解決策です。
客観証拠(甲号証)で合理的な疑いを挟まない立証をできないのであれば、
検察官は、有罪立証を潔く諦め、不起訴処分にするしかありません。
検事人生でたった一度でも冤罪を生み出すよりはマシだ、と割り切るべきです。
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法務省「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会 第10回会議(平成24年5月24日開催)」の「配布資料30 各国における被疑者の供述調書等」より引用 |
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警察庁「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会における検討に関する中間報告」(平成23年4月)別添3「諸外国における警察の被疑者取調べに係る状況」(45頁) |
日弁連:「海外の取調べの可視化(録画・録音)の実情」(可視化レポート)
2004年(平成16年)作成の日弁連による海外レポートです。
可視化・立会い・供述調書の作成の有無について、写真入りで説明されています。
※20年前の時点で、日本の法制度は時代遅れでした。
3.可視化への道 可視化からの道-イギリスの取調べ、その進化を見る-イギリス取調べの可視化事情視察報告書
2014年(平成26年)作成の日弁連によるイギリスレポートです。
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Q7.外国ではどうなっているのですか?より可視化と立会いの比較図。 日本の法制度は、中国(録音録画△・立会い✕)と同じレベルです… 「取調べの可視化で変えよう、刑事司法!」2014年11月(九訂版) ※現在の2023年6月(11訂版)には図面がありません。 |
3-11 裁判官はイニシアチブをとってAQ先行を導くべき
話は、裁判官のイニシアチブに戻ります。
弁護人が、単に「すべて同意」意見を述べる場面では、
弁護人が、積極的に被告人質問「先行」に反対しない限り、
弁護人が、積極的に被告人質問「後行」を希望しない限り、
裁判官が、被告人質問先行型の審理を進めていくことが必要です。
裁判官には、検察庁の既得権益に「忖度」せずに、意欲的に
被告人質問先行を主導していってほしいと期待しています。
3-12 弁護人の不同意意見を無視したAQ後行の違法性
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月)を受け、本項(3-12)を補足します。
(地方裁判所の裁判官は、
検察官が法322条請求をしても、
不同意意見を受けてAQ先行を実施するものの、)
簡易裁判所の裁判官は、
検察官が法322条請求をすると、
不同意意見を受けてAQ先行を実施せず、
被告人質問の実施前に請求を認めてしまうことがある
旨の記載があります。
副検事や簡裁判事の無理解
(副検事の同意干渉の記載を中略)
赤木 (ご発言途中から引用。)
問題は裁判官ですね。
東京では、弁護人が希望するのであれば、
検察官が直ちに伝聞例外(322条)で調書を請求したとしても、直ちに採用はせず、
被告人質問先行でやらせてくれる裁判官がほとんどです。
ただ簡裁判事は違って、322条で請求されたら採用してしまう傾向にあります。
村井 なぜですかね?
神山 簡裁判事たちは裁判員裁判にも関係がないし、
被告人質問先行という今のムーブメントについて
理解がないと考えるしかありません。
座談会 実践してあらためて感じた被告人質問先行の必要性●
神山啓史弁護士/吉川健司弁護士/赤木竜太郎弁護士/松田明子弁護士/村井宏彰弁護士
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月・19-20頁より引用)
3裁判所が被告人質問先行に消極的な場合
数は多くないが、裁判所(特に簡易裁判所)が
被告人質問先行に対して強く反発したり、
弁護人による主質問を制限しようとする場合があるから、
そのような場合の対処法についても簡単に述べる。
裁判所が被告人質問先行に反対する意向を
当初から明白に示しており、
被告人の供述調書に同意するよう期日で
強く促してきた場合はどうすべきか。
決して同意してはならない。
繰り返しになるが、弁護人に、被告人の供述調書に同意する義務は存在しない。
(任意性の記載を中略)
さらに、被告人質問実施前に被告人の供述調書を採用することは
明らかに必要性がないのであるから、採用された場合には、
採用決定に対する異議を忘れずに申し立てるべきである。
被告人質問先行実践のための基礎知識●赤木竜太郎弁護士
季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月・36頁より引用)
問題事例の簡易裁判所の裁判官が、
刑事訴訟法の求める必要性審査を理解していません。
筆者は、2023年に公表した別稿の関連記事において、
「不同意」では、論理必然に被告人質問先行になる旨を解説してきました。
(「被告人質問を先行されたい」は無益的記載 を参照。)
本稿の2-9 AQ後の直接主義・公判中心主義のボールは裁判官が握る では、
弁護人は「不同意」意見により
論理必然にAQ先行を導くことができ、
被告人質問実施前の直接主義を導けるが、
被告人質問実施後の直接主義は制御できないから、
裁判官が直接主義のボールを握ることを解説しました。
(この視点の解説は先行研究がなく、日本初でしょう。)
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弁護人は被告人質問時までの直接主義を導けるが、 被告人質問後の直接主義を制御することはできない。 |
季刊刑事弁護118号(2024年4月)では、
弁護人が、「不同意」の意見を述べたのにも関わらず、
(副検事や簡易裁判所裁判官が、同意への変更の干渉をしたり)
被告人質問の実施前に、検察官が直ちに法322条請求をして、
簡易裁判所裁判官が採用をしてしまう問題事例の指摘がありました。
赤木弁護士は「被告人質問実施前に被告人の供述調書を採用することは明らかに必要性がない」と解説しています。
これは、法322条請求された被告人の供述調書を
裁判所が被告人質問実施前のタイミングで
焦って採用する必要性がない、というご指摘と読めます。
この点、赤木弁護士の「必要性がない」に留まらず、
筆者は、法律上論理的に採用が許されないと考えます。違法な手続きです。
弁護人が「同意」の場合、供述調書の採否は訴訟指揮に依存します。
①即時採用or②採否留保(AQ先行)は、裁判官の訴訟指揮次第です。
本稿では、その上で、弁護人が「同意」しても
裁判官が②採否留保すべき法的根拠を解説しています。
一方で、季刊刑事弁護118号で簡易裁判所裁判官の問題事例として指摘される、
弁護人が「不同意」の場合、被告人質問実施前に
供述調書を採用することは違法な手続きです。
筆者の見解では「不同意」の場合、論理必然に被告人質問先行となります。
「不同意」の場合、裁判所は論理必然に被告人質問先行の審理をしなければなりません。
「不同意」の場合、裁判所には、AQ後行(旧来型)選択の裁量がありません。
弁護人が「不同意」の場合に、検察官が法322条請求をしても
裁判所が、被告人質問実施前に、即時に採用をすることは法律上許されません。
裁判所は、必然的に、法322条請求を採否留保して、
被告人質問を聞く(被告人質問先行の)義務があります。
なぜなら、弁護人から「必要性なし」の意見がされた以上、
裁判所は、供述調書の採用決定より前に、法廷供述を聞いて、
法廷供述が心証形成に十分であるかを検討する義務があるからです。
検察官が即時に法322条請求をしても、
裁判所は被告人質問実施前には採用することができません。
これは、裁判所の道義的な訴訟指揮の問題ではありません。
刑事訴訟法の定める手順ですから、
弁護人が「不同意」にも関わらず、
裁判官が被告人質問先行にしないことは、違法な手続きです
このことは、任意性審査をイメージすれば、理解できるはずです。
弁護人が「不同意。任意性を争う」場合に、
検察官が法322条請求をした場合であっても、
供述調書を即時に採用することはできません。
供述調書の採用決定より前に、
被告人質問を実施して(被告人質問先行)、
任意性に疑義があるかどうかを
法廷供述により検討する義務があります。
必要性審査も任意性審査も、証拠採用前に法廷供述を先に聞く点で同様です。
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司法研修所の古いテンプレでさえ、任意性立証のステージで まず被告人質問を実施して(AQ先行)、その結果、 採用or請求却下をするべきことが解説されています。 B不同意→P法322条請求の場面では、 裁判所は論理必然にAQ先行にしなければなりません。 【被告人の自白調書の取扱い】(論文より引用。原典は司法研修所) (一橋大学村岡啓一教授)「被告人供述調書の取扱い : 現状を打開するために」 |
被告人質問実施前に、法322条請求で即時に採用することは、
刑事訴訟法の求める供述調書の「必要性」審査をしないまま、
供述調書を採用することになりますから、違法な手続きです。
「不同意」の意見を出した弁護人は、当然に「異議」を出します。
(違法な訴訟指揮をした裁判官に期待することはできませんが)
弁護人の異議は、理由があるものですから認められなければなりません。
(異議例:アイデア・ブレストとして。)
裁判官の即時の証拠採用(AQ前の証拠採用)決定は、
弁護人の不同意意見及び必要性がないという意見を無視して、
まず被告人質問により必要性審査をしなければならない、
という法律上の義務を怠ったものですから、
刑事訴訟法320条の定める伝聞証拠禁止の原則、
直接主義・公判中心主義に反し、違法な手続きです。
さらに、弁護人は、任意性を争うものとします。
裁判官は、まず、被告人質問を実施して、法廷供述を聞いて、
先に述べた「必要性審査」に加え、「任意性審査」を実施されたい。
任意性の疑いの内容について(争点形成責任)
およそ供述調書は、取調べに弁護人の立会いを認めず、
被告人が供述調書の内容を十分に確認しないまま
密室の取調室で捜査官が作文した内容ですから、
刑事訴訟法322条・319条の任意性に疑いがあります。
※さすがに、簡易裁判所裁判官であっても、
「任意性を争う!」と意見されれば、古いテンプレを思い出して
被告人質問先行をしなければならないことはわかるはずです。
このような任意性の争点主張によっても、最終的に
裁判官が、任意性の疑いがあると認定することは期待できません。
ただし、「任意性の疑いがある以上、審査のため
被告人質問先行をしなければならない」のですから、
証拠の即時採用を禁止して、被告人質問先行を取り戻すためには
十分な効果がある主張であると考えています。
※典型的な任意性を争う事例(強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白)ではない場合にも、「供述調書」一般の作成過程をもって「任意性を争う」争点の主張をすることができます。簡易裁判所等の裁判官が、「必要性なし」意見により被告人質問先行をさせなければいけない場面で、被告人質問実施前に法322条請求を採用してしまう危険があるパターンで、「必要性審査」に加え「任意性審査」を求めることで、被告人質問先行をより強く求めることができます。(通常は、不同意意見だけで、被告人質問先行になるため、任意性を争う証拠意見書は必須ではありません。)この意見書の狙い・ゴールは、被告人質問による「任意性審査」自体(及び副次的な被告人質問による「必要性審査」)です。これは「任意性審査を目的とする任意性主張」です。
裁判官のポリシーの問題ではありません。
簡易裁判所の裁判官は、刑事訴訟法の不勉強を晒す前に、
「不同意は被告人質問先行になる」ことを理解しなければなりません。
裁判官が、どうしても法322条請求を許したいのであれば、
採否留保のうえ、被告人質問を実施後に、採用決定をすれば適法です。
(弁護人として納得はできず採用に異議は出しますが、適法です。)
裁判官が、被告人質問実施前に、違法に法322条採用して、
公開の法廷で「法の不知」を晒すべきではありません。
最高裁判所は、簡易裁判所の裁判官に対しても、
被告人質問先行に関する研修を実施するべきと考えます。
3-13 判例時報No.2584「裁判員裁判の歩みとこれから」(山田耕司裁判官)
判例時報2584・15頁より引用。
第1裁判員裁判が目指しているもの(裁判員裁判の理念)
5裁判員裁判プラクティスの非裁判員裁判への波及
(4)自白事件における被告人質問先行
裁判員裁判では、自白事件であっても、被告人の供述調書が証拠請求されている場合であっても、その採否を留保した上で被告人質問を先に行う運用が定着している。しかし、非裁判員事件については、被告人質問先行を実施しようという運動が進められた時期があったが、検察官の抵抗が強く、頓挫した感があり、被告人質問が行われるのは限られてきている。理想論から言えば、公判廷で目の前にいる被告人から事情を聴いた上で、供述調書と異なる供述をして初めて供述調書を調べた方が後半中心主義の理念に合致するはずである。ただ、被告人質問を先行する場合、訴訟当事者の準備が不可欠で、供述調書取調べ先行よりも負担が重くなり、検察官の執務状況からして、全部の事件で被告人質問を先に行うのは難しいし、審理時間も延びてしまうことから、事件を選んで実施するのが現実的である。経緯のある事件や重要な情状事実に争いがある事件はこれに相応しく、被告人質問先行を考えてもよいであろう。また、被告人の供述調書以外の証拠(いわゆる甲号証)で被告人が有罪であるとの心証が得られたときも、敢えて被告人の供述調書を調べるまでもなく、ポイントを絞った被告人質問を行うことで(重要な情状事実に絞った尋問)、適切な心証形成が行い得るから、被告人質問先行を試みるのもよいと思う。弁護人に被告人質問先行の希望があれば、被告人の供述調書につき不必要との意見を述べてもらえば、容易に被告人質問先行ができるので、そのような働きかけも有効と思われる。ただ、弁護人の中で、後半中心主義を徹底させようという意識の高い弁護人がまだ少ないのが残念である。
被告人質問先行の広がりが検察官に阻害されている点など、
概ね、現状の通常事件の被告人質問先行の認識として正しいと考えます。
この点、季刊刑事弁護118号(現代人文社@2024年4月)の
新人弁護士が検察官から被告人質問先行を妨害される件について参照。
以下、コメントします。
>ただ、被告人質問を先行する場合、訴訟当事者の準備が不可欠で、供述調書取調べ先行よりも負担が重くなり、検察官の執務状況からして、全部の事件で被告人質問を先に行うのは難しいし、審理時間も延びてしまうことから、事件を選んで実施するのが現実的である。
「負担」の部分は、事実誤認です。
情報ソースは、おそらく清野検事論文の一説等ですから、
「負担が重くなるんじゃない?」という山田裁判官の推測でしょう。
たしかに、弁護人が主質問で罪体を十分に聞かないために、
検察官の反対質問が長くなるケースでは、負担は重くなります。
しかし、弁護人が主質問で罪体を十分に聞いていれば、
AQ先行により検察官の負担が重くなることは理屈上ありません。
特に、検察官の負担が重くなってしまうケースは、
検察官が、供述調書の内容に拘泥してしまう場合に限られます。
山田裁判官が「2精密司法(調書裁判主義)から核心司法(公判中心主義)へ」等の
論文の他の項目で述べるように、非裁判員裁判においても、
検察官は供述調書の些末な部分に拘泥する姿勢を見直すべきです。
要するに、検察官が些末な主張を論告から除けば良いだけです。
(論告に記載がなければ、反対質問で聞く必要もありません。)
検察官は、負担が重くならないように、
量刑判断に必要十分な「論告」を準備する練習をするべきです。
>経緯のある事件や重要な情状事実に争いがある事件はこれに相応しく、被告人質問先行を考えてもよいであろう。
(筆者は、全ての認め事件で被告人質問先行の訴訟指揮をすべきという立場ですが、)
山田裁判官は、被告人質問先行を使い分ける論者のようです。
・「経緯のある事件や重要な情状事実に争いがある事件」⇨AQ先行
・「経緯のナイ事件や重要な情状事実に争いがナイ事件」⇨AQ後行
といった整理をされているようにお見受けします。
しかし、世の中に「経緯のナイ事件」は存在するのでしょうか。
現場の弁護人である筆者の肌感覚では、
どの事件であっても、十人十色の動機や経緯が存在すると感じます。
「被告人質問先行を選択的に実施するべきだ」という主張は、
実は、弁護士の中にも一定数見られます。
しかし、そのような弁護士の主張には論理的な裏付けがなく、
「何となくAQ先行じゃなくても良いんじゃない?」程度です。
実は弁護人の被告人質問先行の選択基準について、
筆者の関連記事以外には、先行研究がありません。
関連記事では、即日判決のみ検察官に譲歩の余地があり、
障害者被告人・外国人被告人では、むしろ被告人質問先行を
選択した方がベターである旨の解説をしています。
筆者は、すべての事件で被告人質問先行するべきだと結論付けます。
なぜなら、被告人質問先行した方が、被告人にとって有利だからです。
筆者は、覚醒剤使用でもオーバーステイでも、被告人質問先行します。
被告人質問先行により特段の負担が増えている印象はありません。
(供述調書をなぞらず)必要十分に罪体を聞けば足りると考えています。
>また、被告人の供述調書以外の証拠(いわゆる甲号証)で被告人が有罪であるとの心証が得られたときも、敢えて被告人の供述調書を調べるまでもなく、ポイントを絞った被告人質問を行うことで(重要な情状事実に絞った尋問)、適切な心証形成が行い得るから、被告人質問先行を試みるのもよいと思う。
山田裁判官の指摘する「被告人の供述調書以外の証拠(いわゆる甲号証)で被告人が有罪であるとの心証が得られたときも、敢えて被告人の供述調書を調べるまでもなく」は、そのとおりです。
検察官は、法319条2項(自白の補強法則)により、
「被告人の供述調書以外の証拠(いわゆる甲号証)」により、
被告人が有罪であるとの立証をしなければなりません。
これは、被告人質問先行を先行しようと先行しまいと、同じです。
そうすると全ての認め事件で、
「敢えて被告人の供述調書を調べるまでもなく」
被告人質問先行をすることが適切な審理である、といえます。
(選択的な被告人質問先行を論じた直前の部分との矛盾を感じました。)
>しかし、非裁判員事件については、被告人質問先行を実施しようという運動が進められた時期があったが、検察官の抵抗が強く、頓挫した感があり、被告人質問が行われるのは限られてきている。
「被告人質問先行を実施しようという運動が進められた時期があった」という点は、
裁判官主導で被告人質問先行を実施しようという運動が進められた
当初の時期に裁判官が感じた「頓挫した感」です。
筆者の推測では、清野論文のカウンターパンチを食らってしまい
現場の検察官からも「当事者主義だ!調書裁判の邪魔をするな!」というクレームを受けて、
裁判官主導による被告人質問先行が実施しにくくなった、という挫折です。
そうなると、裁判官は、弁護人に対して、
「被告人の供述調書につき不必要との意見を述べてもらえば、容易に被告人質問先行ができる」(⇨「不同意。必要性なし。」と意見して!)等と促すことしかできなくなります。
※弁護人が乙号証「同意」なのに、裁判所が訴訟指揮で被告人質問先行にすると、
検察官から「当事者主義だ!調書裁判の邪魔をするな!」というクレームを受けるため。
検察官:被告人質問先行やりたくない。調書裁判でやらせろ!当事者主義だ!という弁解。
裁判官:被告人質問先行やりたい。けど、(当初のように)弁護人「同意」で被告人質問先行の訴訟指揮をすると、検察官からクレームがくる。弁護人(当事者)に委ねるしかない。という頓挫感。
旧式弁護人:証拠意見書の作り方からわからないから、「すべて同意」してしまう。
この点は、日弁連が問題意識をもって、弁護士に証拠意見書の教育をするべきです。
裁判所も、被告人質問先行に関して、公式な推奨メッセージを出すべきと考えます。
4.任意性・信用性の釈明のタイミング
4-1 乙号証の「任意性・信用性を争う趣旨か」を釈明する取扱い
裁判官は【被告人の自白調書の取扱い】(古いテンプレ)に従って
弁護人に①「任意性を争うか」②「信用性を争うか」、<不同意理由の釈明>をすることがあります。
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プロシーディングス刑事裁判〈平成30年版〉57頁(初版54頁)【図16】 弁護人の意見:不同意 [ 信用性を争う趣旨 ] [ 任意性を争う趣旨(任意性の疑いの根拠の主張) ] …と図16はまとめるが、先に必要性審査をするべき。 |
一方、プロシーディングス刑事裁判の58頁では、
裁判官主導の被告人質問先行型が説明されています。
被告人の供述調書の証拠能力という側面からの説明は上記のとおりであるが,
そもそも,被告人は,常に法廷にいるので,まずは被告人質問を実施することが直接主義・公判中心主義の趣旨に沿うものである。
このような観点から,実務では,被告人の供述調書について,弁護人の同意,不同意の意見にかかわらず,証拠決定は留保したまま被告人質問を先行して行い,その終了後に,更に供述調書まで取り調べる必要性があるか否かを検討した上で,証拠決定されることが多く,検察官が自主的に証拠調べ請求を撤回することもある。
プロシーディングス刑事裁判〈平成30年版〉58ページより引用(初版55頁も同じ)。
また、プロシーディングス刑事裁判発刊前、
69期まで配布されて現在は配布されていない
「平成24年版 刑事裁判修習読本」(204頁)でさえ、
被告人の供述調書への「基本的な視点として」
「取り調べる必要があるかをまず検討すべき」と指摘しています。
※山中理司先生のブログで公開されています。市販済み白表紙です。
エ 被告人質問-被告人の供述調書との関係
被告人質問と捜査段階で作成された被告人の供述調書の取調べの先後関係や,被告人の自白調書の任意性や信用性が争われている場合の審理の在り方には,検討すべき課題が多い。
基本的な視点としては,捜査段階で作成された被告人の供述調書については,それが自白調書であろうと否認調書であろうと,要証事実や争点等判断事項との関係で取り調べる必要があるかをまず検討すべきであろう。
刑事弁護教官室の白表紙
「刑事弁護の手引き」でも、
不同意・被告人質問先行を推奨しています。
58ページの被告人質問先行型の説明にあわせて、
古いテンプレをアップデートするべきです。
以下は、筆者の作成した【図16】訂正案です。
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プロシーディングス刑事裁判〈平成30年版〉57頁(初版54頁)【図16】訂正案 ©2023川口崇弁護士 |
昔の縦書きテンプレのアップデート版です。
・横書きは、簡潔に「必要性の審査」を記載しています。
・縦書きは、より詳細に「必要性の審査」を記載しています。
4-2 AQ先行を意識すれば、不同意理由の釈明は法322条請求時が適切
弁護人の不同意の証拠意見に対して、横浜地方裁判所の裁判官は、近年、
「不同意のご意見は、被告人質問先行の趣旨でよろしいですか。」と
不同意がAQ先行の趣旨であることを的確に確認する裁判官がほとんどです。
ただし、裁判官の中には、証拠意見のタイミングで、古いテンプレ通りに
弁護人に①「任意性を争うか」②「信用性を争うか」を釈明する方がいます。
※筆者は「①任意性は争わない。②信用性は争う。」と口頭で回答しています。
弁護人が「不同意。(→論理必然に被告人質問先行になり直接供述するから、供述調書は)必要性なし(になる予定である)。」と証拠意見を述べています。
「(仮にAQの後で「必要性なし」にならなかった場合に
検察官は法322条請求をする可能性があるけど、)
弁護人は供述調書の任意性・信用性を争いますか?」という
裁判官の釈明は、いささか先走っており、不適切といえます。
4-3 【被告人の自白調書の取扱い・令和版】
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【被告人の自白調書の取扱い・令和版】©2023川口崇弁護士 |
【Pが乙号証を撤回するパターン】
検察官が、乙号証を撤回する場合、
P撤回⇨J不採用⇨過去のJ任意性&信用性の確認は無意味です。
AQ(先行)の結果、検察官も「必要性なし」と考えれば、
乙号証を法322条の請求をせずに撤回する判断になります。
(認め事件では大多数が撤回です。※公式の統計情報がないので筆者の肌感覚です。)
この場合、乙号証が撤回されて請求がない以上、
AQの前の証拠意見段階で裁判官が先走って釈明した
①「任意性を争うか」②「信用性を争うか」は無意味になります。
(古いテンプレに従った釈明は、弊害となってしまいます。)
検察官が、乙号証を法322条で請求した場合、
(1)必要性が審査され、必要性が認められる場合に
はじめて(2)①任意性立証のステージに進みます。
・裁判官は、(1)必要性がない場合、法322条の請求を却下する決定をします。
・裁判官は、(1)必要性がある場合、(2)①任意性立証のステージに進みます。
裁判官の釈明は、AQ後に検察官が法322条で供述調書を請求して、
必要性が認められる場合に、弁護人が任意性・信用性を争点とするかどうかの意見聴取と位置付けられます。
弁護人は、認め事件では、法322条の請求に関する裁判官の意見聴取に対して、
一般に「(1)必要性なし。相当性なし。(2)①任意性は争わない。②信用性は争う。」と回答することが想定されます。
つまり、裁判官は、弁護人に対して、AQ後の法322条の請求のタイミングで、
①「任意性を争うか」②「信用性を争うか」を釈明することで足ります。
弁護人が任意性を争う場合に、裁判官が任意性の争点を弁護人に釈明すれば間に合います。
※罪状認否で公訴事実を認めている事件において、
弁護人が乙号証(AKS・APS)を不同意にする場合には、
(1)主に必要性を争い、殊更に(2)任意性を争うケースは少ないです。
裁判官は、(2)任意性を、法322条請求時に念のため確認すれば足ります。
【必要性の審査について】
裁判官は、AQ後の(1)必要性の審査にあたって、
検察官の「論告のため乙号証もほしい」という需要に応じるべきではなく、
「法廷供述が心証形成に十分か」という観点で審査しなければなりません。
検察官がAQ後に法322条請求をする場合には、
裁判官は「検察官は法廷供述以上に乙号証で何を立証する予定ですか」と
立証計画を釈明をしたうえで、弁護人の意見を聴取するべきです。
(検察官の抽象的な需要だけでは、弁護人も抽象的に「不必要」としか答えられません。)
弁護人は、裁判官が「不必要」却下してくれれば全く問題ないのですが、
P法322条請求→J採用する場面では、
裁判官の検察官に対する釈明事項が整理できていない印象です。
このような裁判官と検察官のやり取りであれば、
弁護人も具体的な意見と異議を出せると考えられます。
J「では、甲号証は採用。乙号証のうち、住民票・前科調書は採用します。
乙号証のうち、その余の供述調書は採用留保します。検察官、読み上げてください。」(規則190条1項)
B「主質問(罪体・犯情を聞いた。動機は金欠。 )」
P「反対質問(罪体・犯情を聞いたが、金欠以外の動機を聞き出せなかった。論告は、供述調書をソースとして動機は大金欲しさで身勝手との記載がある。)」
J「補充質問」
⇨被告人質問先行
P「乙号証(乙2・乙3・乙4)を法322条請求。」(乙号証:動機は大金欲しさ。)
J「検察官は法廷供述以上に、乙号証で何を立証する予定ですか」(必要性の釈明)
P「被告人は、動機を金欠だと法廷で供述しましたが、
被告人の供述調書では、動機を大金欲しさであると供述しています。
不利益な事実の承認を立証したく、法322条請求します。」
J「乙2・乙3・乙4すべて必要ですか?必要な範囲を特定できますか。」
P「乙4(APS)の3項と4項を請求します。その余は撤回します。」
J「弁護人、ご意見は」
B「必要性なし。相当性なし。被告人は、先程の被告人質問において、 動機を金欠であると具体的に供述しております。検察官には、反対質問の機会が与えられて、十分に供述しましたから、供述調書を請求する必要性がありません。 また、検察官が、作文である供述調書をもって法廷供述を補充する態度には、相当性が認められません。」
J:乙号証の法322条請求の必要性なしで却下→終了(検察官が異議)
J:乙号証の法322条請求の必要性ありの心証→続く
J「弁護人、任意性・信用性を争いますか。」
B「任意性は争いません。信用性は争います。」
J「乙4(APS)の一部請求部分(3項と4項)を採用します。」
B「只今の裁判所の証拠採用決定について異議がございます。+■法令違反の中身の主張」
(法309条「証拠調に関し異議」、規則205条但書:「法令の違反」、規則205条の2:「直ちに」)
J「異議を棄却します。」(規則205条の5)
弁護人個人の感想として…
裁判官が現場の若手検察官に対して、手加減を見せている場面だと感じます。
「被告人質問先行で論告が落ちたら、あとで上司に怒られちゃうよね…
かわいそうだからあまり責めないで、法322条で採用してあげよう。」と。
美談かもしれないけれど、作文を採用される被告人の不利益を考えてほしいです。
村井宏彰弁護士は、季刊刑事弁護95号(2018年7月)掲載の論文で、
法322条請求時において、
1.乙号証の「どの部分が不利益陳述にあたるのか」特定しない検察官
2.乙号証の「必要性について言及しない」検察官
の問題について指摘されています。
刑訴法322条1項で請求するのならば、
どの部分が不利益陳述にあたるのか等を特定しなければならない。
主質問で顕出されたこととは重複する。
そもそも、刑訴法322条1項の請求は、証拠能力の問題である。
主質問を経てもなお被告人供述調書の取調べが必要な理由が必要である。
そうであるのに、単に「刑訴法322条1項で請求する」というだけで、
必要性について言及しない検察官が圧倒的に多い。
【弁護人への釈明タイミングまとめ】
弁護人から証拠意見を聞いた直後のタイミングで任意性を釈明する必然性はなく、
AQの後の法322の請求のタイミングで釈明すれば、次回公判の予定は立てられます。
この点は、最高裁判所や司法研修所で研修内容の見直しが必要と考えます。
横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇
〆
【条項の省略について】
本稿では刑事訴訟法320条1項を「法320条」と記載します。
本稿では刑事訴訟法322条1項を「法322条」と記載します。
本稿では刑事訴訟法326条1項を「法326条」と記載します。
【略語について】
J:裁判官
P:検察官
B:弁護人
A:被告人@起訴後(被疑者@起訴前)
AQ:被告人質問
AQ先行:被告人質問先行
AQ後行:被告人質問後行
通常事件:裁判官裁判(裁判員裁判以外の裁判)の刑事事件。
※裁判員裁判と裁判官裁判は判読困難のため、本稿では通常事件とする。
認め事件:Aが公訴事実を認める事件。
※自白事件は供述調書で自白したニュアンスが含まれるため、本稿では認め事件とする。
法:刑事訴訟法
規則:刑事訴訟規則(改正毎にPDFのURLがリンク切れしてします。)
・初稿では「乙号証のうち身上調書・住民票・戸籍・前科調書を採用」としました。
身上調書は、主に罪体以外の内容であり、
採用のデメリットが大きくないと考えたからです。
筆者は、現在は考えを改め、身上調書(供述調書)も、
採用留保の訴訟指揮をするべきと考え、
身上調書を含んだ供述調書を不同意としています。
「身上調書」と言っても、関連性のない余罪等について
記載している場合があり、AQ前に全部採用してしまうことで、
被告人の不利益になる場合があるため、採用留保が適切です。
また、検察官が身上調書から立証する事項は、
せいぜい冒頭陳述の身上部分に限られますので、
主質問では、身上について冒頭陳述の確認だけすれば
論告としても立証十分になります(実務での体感)。
著作権法32条1項に基づく引用
・本稿の引用論文は、著作権法32条1項の「批評、研究」の目的で引用しています。
・本稿の引用論文は、各著者・各出版社・各弁護士会が著作権等の権利を有します。
・執筆にあたり、東京弁護士会(LIBRA)と第二東京弁護士会(二弁フロンティア)の公開記事を参考にさせていただきました。弁護士会の積極的な情報発信に感謝します。
・弁護士山中理司先生のホームページにリンクさせていただきました。情報公開請求した書面を整理してブログで開示していただき、いつも助けられています。
■ブログ内で利用させていただいた画像について
・スタジオジブリさまの各画像は「常識の範囲でご自由にお使いください。」との利用規約に従って利用しています。「スタジオジブリ関連作品の著作権表示について」を参考に©マークを記載して引用元作品のURLをリンクしています(著作権法48条の出処の明示)。堅苦しくなりがちな刑事弁護の専門的記事にユーモアを与えてくれたスタジオジブリさまに感謝します。