「AQ先行では即日判決できない?」という虚偽の言説への否定(オーバーステイで実証)©2025川口崇弁護士

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1.即日判決でもAQ先行するべき

本稿は、被告人質問先行実務に関する応用編(先進研究)です。
基本的な研究内容を知りたい方は、まず以下の記事を御覧ください。


本稿は、「通常事件(裁判官裁判・非裁判員裁判)」において
公訴事件を認める「認め事件」の証拠意見の研究です。

(本題)
乙号証を不同意にする(AQ先行する)弁護人でも、
「不同意だと即日判決できないのではないか」
と疑問に思い、日和ってしまう事例を耳にします。

意見を受けて、筆者も、2023年の関連記事で、
即日判決を、例外の「検討候補」にしていました。
筆者が、例外を定義する・例外を排除する試みが、

本稿では、即日判決を「不同意の例外」とする意見を否定します。
現実の実務で、被告人質問先行で即日判決が可能です。
即日判決でも、乙号証を不同意・AQ先行するべきです。

1-1.関連記事の即日判決の例外検討


    4-1 どうしても即日判決宣告をしてほしい場合

    弁護人と被告人が、初回期日当日のうちに、

    P論告⇨B弁論⇨A最終陳述⇨結審後休廷⇨J判決 という、

    いわゆる「即日判決」をしてほしい場合があります。


    主に、判決で執行猶予が確実な事案等において、

    判決だけ別日にすることを避けたい場合に希望します。


    ※検察官の申立てる「即決裁判手続き」(法350条の16)では

    原則「即日判決」(法350条の28)が規定されていますが、

    「即決裁判手続き」以外の通常裁判でも即日判決をすることがあります。

    ・狭義の即日判決:即決裁判手続きで求められる「即日判決」(法350条の28

    ・広義の即日判決:通常裁判で事実上行われる「即日判決」(裁判官の裁量)を含む。

    本稿では、広義の「即日判決」を想定して記載をしています。


    裁判官は「起訴状一本主義」(法256条6項)により、

    1時間前まで起訴状しか読んでいなかった事件について、

    請求証拠、被告人質問、論告・弁論等が終わった直後に、

    20分か30分程度の休廷時間を挟んで、

    判決主文と理由を作成して、宣告する必要があります。

    事前に弁護人が裁判所に希望を出して、

    裁判所書記官が、裁判官・検察官に意向を確認して、

    即日判決でいける場合にのみ、即日判決が行われます。


    もっとも、裁判所は即日判決をあまり認めてくれません。

    刑事事件全体の中では、即日判決はレアケースです。

    裁判所が弁護人に配布する「審理予定についての照会回答書」には

    「□即決を希望する(理由:)」というチェックボックスがあります。

    (これは「即日判決」を「即決」と省略していると考えられます。)

    ただし、弁護人が「☑即決を希望」しても、裁判官が認めなければ実施されません。

    「保釈できない事案だから即日判決を希望する」等の理由では、

    ☑即日判決の希望が通らないことが多いように思います。

    (次回判決期日を早める対応をしてくれることは良くあります。)


    裁判所が、仮に即日判決で行く判断をしているが、

    検察官が「乙号証が不同意意見では論告できない」等と意見している場合に、

    検察官との間で事前に証拠意見の調整をした方が良いかもしれません。


    検察官は、被告人質問で犯罪事実を供述しない場合の担保として、

    「乙号証に同意してほしい」と言ってくる可能性が考えられます。

    乙号証の一部同意であれば、論告ができるならば、譲ることを検討するべきです。

    弁護人は、検察官に乙号証を一部同意した証拠意見書を送付して、

    一部同意で「論告」できることを確認しておくと、スムーズです。

    近年では、乙号証「不同意。必要性なし」であっても、

    認め事件のほとんどの場合に、検察官は当日中の論告をしています。


    即日判決では、裁判官が乙号証を手元におきたい場合があります。

    被告人質問の直後には、被告人の法廷供述の速記録が未完成のため、

    短時間の休廷時間に判決を作成する参考資料として、

    裁判官が、乙号証の罪体部分を確認することが考えられます。

    裁判所書記官を通じて、乙号証の意見の確認があった場合には、

    一部同意で検察官と調整する旨を伝えておくと良いかもしれません。


    もちろん、即日判決のために(一部)同意する場合にも

    被告人の明示の意思確認が必要です。

    「即日判決で早く出たいから、不利益であっても同意する!」

    という被告人が一定数見受けられますが、弁護人は冷静に判断してください。


    多くの場合に裁判所は即日判決をしてくれないので、

    闇雲に同意しても裁判迅速化の効果はありません。


    ※🆕関連記事コラムに記載したとおり、

    筆者は乙号証「不同意」の証拠意見でも、

    即日判決の言い渡しを受けた経験があります。

    そのため、不慣れな検察官が

    「不同意では当日の論告に対応できない!」と

    弁護人に電話してきた場合に限定して

    「同意」を検討するべき、とのニュアンスです。

    不同意がベターであることは言うまでもありません。


    1-2.関連記事のコラム:AQ先行&即日判決事案(小田原)

    裁判官主導で被告人質問先行型を実施する方法の考察【裁判官向け】©2023川口崇弁護士

    【コラム】証拠厳選を実施される裁判官との出会いについて🆕

    2024年7月19日、筆者は横浜地方裁判所小田原支部の事件を担当しました。

    公訴事実に争いのない「認め事件」です。

    期日前の事前アンケートには「乙号証不同意。AQ先行」の旨を記載しています。

    筆者は、乙号証は「不同意。必要性なし。」の証拠意見書を提出しました。

    なお、甲号証は「同意」しました。

    (即日判決のために甲号証は検察官に譲歩しました。)


    裁判官(部長)は、弁護人に証拠意見を確認する前に、

    検察官に対し、「まず、厳選すべき証拠について。

    甲8から甲11のLINEはどういう趣旨ですか」とたずねました。

    検察官の説明後に裁判官は納得され、弁護人同意→採用されました。


    本稿2-4は、乙号証の証拠厳選をするアイデアを提案します。

    裁判官(部長)は、さらに、甲号証についても証拠厳選を検討されました。

    刑事訴訟規則189条の2に従えば、裁判官の訴訟指揮として正しく、

    本来あるべき証拠厳選の姿勢だと感心させられました。

    弁護人の証拠意見(法326条ほか)の検討より前に、

    裁判官は、検察官の証拠請求の段階において、

    関連性(規則189条の2)・必要性を検討するべきです。


    ※弁護人も、甲号証を積極的に不同意にするべきです。

    (本件では即日判決予定のため同意に譲歩しましたが)

    筆者は、認め事件でも、関連性・必要性のない甲号証を不同意としています。

    関連性・必要性の乏しい証拠の取調べは、公判時間の無駄使いです。

    検察官は、証拠等関係カードを弁護人に事前交付しないことが多いため、

    弁護人は、公判まで立証趣旨を想像で考えるしかないことが多いです。

    (本件では事前に依頼してFAXで証拠等関係カードの事前交付を受けました。)

    さらに、証拠等関係カードの立証趣旨は、実際にはあまり役立ちません。笑

    検察官の主張する立証趣旨の文言ではなく、

    本件で想定される冒頭陳述・論告から

    当該証拠による要証事実との関連性・必要性を検討して、

    悪印象を与える証拠については不同意とするべきです。

    弁護人の実務経験が足りないと、想像力が及ばず、

    関連性・必要性のアタリをつけることが難しいかもしれません。


    検察官の実務として、警察官から送られてきた証拠については、

    あまり検討せず、証拠請求してしまっていることが実情だと感じます。

    検察官が、警察官に配慮して、全部請求してあげているのかな?と感じます。

    たとえば、窃盗の「実行行為の防犯カメラ映像」は直接証拠で必要ですが、

    「犯人逃走中や警察官による逮捕時の防犯カメラ映像」は、

    被告人が犯人性を認める場合には、関連性・必要性がありません。

    逮捕時の往生際の悪さは、立証を許すべき重要な犯情とはいえません。

    検察官は、請求段階で厳選せず関連性の低い甲号証を請求しがちです。


    ・罪体の主質問の順番

    裁判官(部長)は、弁護人(筆者)に対して、

    「被告人質問先行の場合に、罪体を検察官に聞いてもらう方法と、罪体から弁護人が聞く方法があると思いますが、どうしますか」と希望を聞いてくれました。

    筆者は、いつも通り、罪体から弁護人が聞く方法を選択しました。

    罪体の主質問を検察官に委ねる方法は、

    罪体質問の主導権を検察官に譲ることと同じでしょう。


    たしかに、裁判員裁判では、罪体と情状に分離して、間に証人をはさんで、

    サンドウィッチ形式の被告人質問が実施されることがあります。

    ただし、裁判員裁判でも、罪体の主質問を検察官に譲ることはありません。


    邪推ですが、裁判官主導の被告人質問先行の方法では、

    弁護人に罪体の質問のやる気・自信がなく、検察官の希望から、

    検察官に罪体の主質問をやらせることがあるのかもしれません。

    (清野論文にいう「虫食いの被告人質問」への配慮かもしれません。)

    任意性まで争う証拠意見書を提出する

    筆者のような弁護人に、主質問を譲る選択はないように思いますが、

    裁判官から検察官への配慮としては理解できます。


    ・乙号証の撤回。即日判決。

    乙号証は、被告人質問後、検察官が撤回しました。

    弁護人の希望通り、無事に即日判決となりました。

    弁護人が乙号証を不同意として不採用でも、即日判決を言い渡せます。

    この点、関連記事では、「4-1 どうしても即日判決宣告をしてほしい場合」に

    乙号証を同意にしても良い例外としていますが、

    弁護人の主質問・検察官の論告整理・裁判官の心証形成が、

    きっちり噛み合えば、不同意でも即日判決は言い渡せるということです。



    ・裁判官に求められる能力

    裁判官には、生の被告人質問で心証形成をする能力が求められています。

    そして、調書裁判からの脱却のためには、

    裁判官は、裁判員裁判だけでなく、日々の通常事件で、

    生の被告人質問による心証形成の能力を磨いていく必要があります。


    1-3.被告人質問先行でも即日判決が可能

    筆者は、即日判決相当事案において、
    乙号証(供述調書)を不同意して、
    裁判所が即日判決をした経験があります。
    (上記小田原のコラム参照)

    1年以内では、2件のオーバーステイ事案において、
    乙号証不同意→P撤回、J即日判決を経験しています。
    (1件が小田原支部、1件は横浜地裁本庁です。)

    ①外国人の通訳事件 であっても、
    ②乙号証不同意による被告人質問先行(AQ先行)
    にして、即日判決(当日判決)は可能です。


    弁護人は、外国人との間で、動機等を十分に聴取できません。
    だからこそ、法廷で基本的事項を聞き取ることが必要十分です。

    万が一、意図しない被告人の供述調書が法廷に顕出された場合、
    供述調書が、悪い方向に解釈される心証形成される危険を考えるべきです。
    (なお、この発想は、外国人事件以外の事件であっても、同様です。)


    1-4.検察官による「同意への変更干渉」について

    ところで、季刊刑事弁護118号の座談会には、
    【検察官から「1回結審できませんよ」と言われたら】
    という小項目が存在します(22ページ)。
    「座談会 実践してあらためて感じた被告人質問先行の必要性 神山啓史弁護士/吉川健司弁護士/赤木竜太郎弁護士/松田明子弁護士/村井宏彰弁護士」より引用。

    このほか、季刊刑事弁護118号では、
    新人若手弁護士による実践報告でも
    「同意への変更干渉」が報告されています。

    実践報告①(48P-大野邦明弁護士著・73期)及び
    実践報告③(57P-安藤光里弁護士著・74期)は、
    検察官の「同意への変更干渉」電話があったと報告しています。
    (実践報告③61P-62Pの検察官による「反対意見書」が悪い意味で参考になります。
    ※検察庁が2015年の清野論文時代から思考停止していることが文書で示されています。)

    実践報告②(53P-野口悠紀音弁護士著・72期?)は、
    副検事の電話で「同意への変更干渉」はなかったと報告しています。
    一方、「裁判官からは一言だけ。身上調書(乙1)だけは同意にしてくれないか」
    という、裁判官の「同意への変更干渉」があったと報告しています。
    裁判官の干渉を受け「事前の証拠意見から乙1のみを同意に変えて」と報告しています。

    前提として、用語を解説します。
    ①1回結審=即日結審:P論告・B弁論・A最終陳述まで、終結すること。
    ②即日判決:①に加えて、当日中にJ判決の言渡しまでされること。

    AQ→P論告B弁論A最終陳述まで終結(①即日結審)。次回期日J判決。
    AQ→P論告B弁論A最終陳述まで終結(①即日結審)。当日にJ判決(②即日判決)。

    ・ほとんどの認め事件は、①1回結審になります。珍しくないです。
    (ただし、追起訴があると初回期日でAQをせずに続行期日になることが多いです。)
    ・②即日判決になる事例は少ないです。
    (②即日判決は、外国人等、保釈できないが比較的軽微な事案が多い印象です。)

    筆者は、近年、横浜地検の検察官から「①1回結審できない」とは言われません。
    (残念ながら?、筆者には検察官から証拠意見に関する電話がありません。)

    検察官から電話で「②即日判決できない」と言われた事案の報告です。
    (電話がかかってきたため、若干、筆者のテンションがあがりました。)

    季刊刑事弁護118号で懸念されるような
    「認め事件で乙号証不同意のために1回結審できなかった事例」は、
    ブログ設立の2023年以降の筆者の経験上、ありません。
    被告人質問先行のために、1回結審が流れた経験がありません。
    ※事故は、裁判所の審理時間を短く予定することに原因がありそうです。

    令和は「AQ→P乙号証撤回→P論告」の流れが当たり前の時代です。
    過去の弁護人の「すべて同意します」がテンプレだったように、
    令和では検察官の「(乙号証は)いずれも撤回いたします」がテンプレです。

    検察官の「1回結審できない」・「即日判決できない」という弁解は、
    要は「被告人の供述調書がないなら、論告をしないぞ!」という脅しです。

    AQP論告B弁論・A最終陳述まで終結(①即日結審)。次回期日J判決。
    AQP論告B弁論・A最終陳述まで終結(①即日結審)。当日にJ判決(②即日判決)。
    ※検察官が「P論告」をせずにストップ⛔するため、続行期日となります。

    しかし、検察官が、まともな裁判官に対して、
    認め事件だけど、被告人の供述調書を撤回しちゃったので
    (または、法322条請求したけどJ却下されちゃったので)
    論告をすることができません!⛔」なんて弁解しようものなら、
    まともな裁判官は、「なぜですか???」と怒るはずです。
    まるで、教師が宿題を忘れた子どもを叱るように。

    赤木竜太郎弁護士:
    こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、
    被告人質問の録音反訳がないと論告ができない、
    とこだわるような検察官は、能力が不足していると私は思います。
    確実に執行猶予になるようなシンプルな事案では、
    通常は論告はA4一枚程度の分量ですよね。
    私が今まで見てきた東京地裁公判部の検察官たちは、
    被告人質問を先行し、予想外の供述が出た場合であっても、
    用意してきた論告にエンプツで内容を書き足したり、
    修正したり何なりして、当日のうちにきちんと論告をしていました。
    続行しなければ論告ができない、と
    強くごねる検察官ももちろんいましたが、
    それは事案がそれなりに複雑であったり、
    実刑か猶予かがシビアに争われたような事案に限られています。
    これは公判に立ち会う検察官なら当然できてしかるべきことです。
    当事者法曹として当然要求される臨機応変な対応を、
    「絶対できない」とごねるのであれば、
    それは「私は能力が不足しています」と堂々と言っているのと同じです。
    そのような検察官はどんどん淘汰されていくと思います。
    裁判官もそのような検察官に対して渋い反応を示すことは少なくないですし、
    いずれ裁判所の大勢の共感も得られなくなっていくでしょう。

    季刊刑事弁護118号「座談会 実践してあらためて感じた被告人質問先行の必要性 神山啓史弁護士/吉川健司弁護士/赤木竜太郎弁護士/松田明子弁護士/村井宏彰弁護士」(23ページ)より引用。
    これは正論です。
    若干、オーバーキルです。


    筆者は、2023年の関連記事
    被告人質問の生の供述を聞き、適切に論告を修正すれば良いだけのことです。」
    と説明をしており、赤木竜太郎弁護士の発言の趣旨に賛同します。

    筆者は、ある検察官から「裁判員裁判でもないのに、

    乙号証を不同意にされても対応することが難しい」

    という趣旨の発言(本音)を聞いたことがあります。

    それは「事前決済と異なる論告を述べて良いのか?」

    という検察庁(組織)の内部事情ではないでしょうか。


    被告人質問の生の供述を聞き、

    適切に論告を修正すれば良いだけのことです。

    難しいと感じる検察官もいるかもしれませんが、

    筆者は弁護人の立場で対応しており、

    弁論をその場で修正して読み上げています。


    ・裁判官は、被告人質問により、すでに心証を形成している。
    ・弁護人は、1回結審のために、弁論を用意してきている。

    この審理状況において、
    ・検察官が、「供述調書(作文)がないから論告できない!⛔」と弁解をしても、
    まともな裁判官は、全く通らない理屈だと怒るでしょう。

    1-5.即日判決の被告人質問先行は開拓中

    季刊刑事弁護118号は、検察官の
    「論告できない」という言い訳は
    裁判所に通用しないとわかっているのに、
    「1回結審」レベルにとどまっており、
    「即日判決」レベルに踏み込めなかった、
    という点に、筆者は歯がゆさを感じます。


    筆者は、
    「すべての事件で、乙号証を不同意にするべきだ」
    (付随的に、被告人質問先行の審理になる)と考えます。
    筆者の考えでは、「同意」する例外はありません。

    被告人質問先行が広まらない理由に、
    初心者弁護人に蔓延している
    【曖昧な例外】のファントム(幻覚)があります。

    筆者が、例外を定義する・例外を排除する試みが、

    季刊刑事弁護等の書籍においても、
    「乙号証不同意・被告人質問先行にしなくても良いケース」
    があるような言説が見られ、全く検証がされていません。

    初心者弁護人は「選択的被告人質問先行である」と誤解して、
    「気が向いたら、被告人質問先行を希望すれば良いや」と、
    「有利っぽい感覚頼り」や「被告人の希望があればやるか」
    という受け止め方をしており、結果、被告人質問先行が広まりません。
    被告人質問先行がタイパに優れていることは、やれば理解できます。(関連記事)


    本稿をもって、
    乙号証不同意・被告人質問先行の審理により、
    「1回結審」が可能であることはもちろん、
    「即日判決」が可能であることが実証された、と考えています。

    「即日判決の希望」は、
    乙号証不同意や被告人質問先行を否定する理由になりません。
    本稿が、弁護人の被告人質問先行実践のヒントとなることを願っています。

    2.とあるオーバーステイ即日判決の顛末


    2025年3月の即日判決について、参考に紹介します。

    2-1.弁護人の証拠意見書

    筆者は、検察官へ証拠意見書を事前送付しました。

    証拠意見書

    令和7年3月24日

    横浜地方裁判所 刑事部 御中

    弁 護 人   川  口    崇


     検察官請求証拠に対する弁護人の意見は、下記の通りである。

    第1 甲号証について(甲第1号証~甲第5号証)

    甲第1号証 同意。

    甲第2号証 同意。

    甲第3号証 同意。

    甲第4号証 同意。

    甲第5号証 同意。


    第2 乙号証について(乙第1号証~乙第4号証)

    乙第1号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    乙第2号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    乙第3号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    検察官が法322条1項により請求する場合、任意性を争う。およそ供述調書は、取調べに弁護人の立会いを認めず、被告人が供述調書の内容を十分に確認しないまま密室の取調室で捜査官が作文した内容であるから、任意性が認められない。

    乙第4号証 同意。(パスポート・ビザ)

    以上

    乙第1号証乙第3号証は、任意性フォーミュラです。

    単純なオーバーステイ事案でしたので、
    裁判所に対しては、即日判決を希望しました。

    2-2.検察官による「同意への変更干渉」

    すると、横浜地方検察庁のある検察官から、
    事前の同意への変更干渉の電話を受けました。

    P「乙号証不同意だと、即日判決できないかもしれませんよ?」

    B「できますよ。実務上、経験があります。」(小田原で経験あり)

    P「それは、裁判所が判断することです。」

    B「それなら、弁護人(筆者)に言う理由はなんですか。」

    P「先生に仁義を切っているんです」

    B「仁義を切るもなにも、即日判決できますから。何が言いたいのですか」

    P「即日判決できるかどうかは、裁判所が決めますから。」

    B「そうですよね。よろしいですか。

    オーバーステイで、立証対象は、在留期限を超過した滞在です。

    被告人は、罪状認否で認めますし、被告人質問でも認めます。立証十分です。」

    P「検察官としては、ほかに立証したいこともあります。」

    B「ほかに何を立証するのですか。

    もしそうなら、(不利益事実として)検察官は322条請求して、弁護人は反対する。

    裁判所が当該不利益事実を必要と考えれば、採用するし、必要なければ却下する。

    それで、検事は、なぜ[裁判所が即日判決できない]と考えるのですか。」

    P「仁義を・・・」

    B「それで[検事が論告ができない!]と言い始めたら、検事が怒られますよ?」

    P「なぜですか」

    B「裁判所は、被告人が認めていて、心証決まっています。

    [検察官が論告できるはずなのになぜ論告を断るのか!]と検察官が怒られます。」

    P「先生の証拠意見に、反対意見を述べているだけです。」

    B「弁護人の不同意に、不同意意見を述べている、ということですか。

    どういう法律上の根拠なんですか。」

    P「仁義を切って・・・」

    B「(同意干渉の)ご希望には添えません。」

    検察官は、「仁義」という言葉を使い、
    弁護人や被告人への親切を装って、
    同意にしないと即日判決ができず、
    被告人や弁護人が困るのではないか?
    という態度で電話をしてきました(同意干渉)。
    筆者は、検察官の態度が気に入りませんでした。

    読者の方は、記事からご承知のとおり、
    筆者は、乙号証の証拠意見について一家言ある弁護人です。
    また、乙号証を不同意にすることはもちろん、
    さらに「任意性フォーミュラ」を提言しています。

    仮に、検察官の電話が、

    P「同意にはできませんか」

    B「できません。」
    これで電話が終わるのであれば問題ありません。
    しかし、検察官は、弁護人や被告人への親切を装い、
    「即日判決」(の不可能)を交渉のコマにしてきました。
    初心者弁護人であれば、検察官に引っかかってしまいます。

    今後の「検察官による初心者弁護人への同意干渉」への牽制や、
    当該検察官の意識改革(乙号証でも即日判決可能)のためにも、
    多少、喧嘩腰になりましたが、伝えるべきを伝えました。


    2-3.弁護人から裁判所への事前報告

    検察官が、論告を拒否する場合に困るので、
    裁判所に証拠意見書を事前に参考送付して、
    検察官の同意干渉の事実を報告しました。

    第2 乙号証について(乙第1号証~乙第4号証)

    乙第1号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    乙第2号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    乙第3号証 不同意。被告人質問先行のため、必要性なし。

    検察官が法322条1項により請求する場合、任意性を争う。およそ供述調書は、取調べに弁護人の立会いを認めず、被告人が供述調書の内容を十分に確認しないまま密室の取調室で捜査官が作文した内容であるから、任意性が認められない。

    乙第4号証 同意。(パスポート・ビザ)

    以上

    【即日判決について】

     本日、検察官から電話があり、「乙号証の被告人の供述調書を不同意にするならば、裁判所は、即日判決をすることができない。弁護人の不同意意見に、反対である。」という不可解な「同意干渉」があった。当職は、検察官の「同意干渉」を断った。

     当職の経験上、オーバーステイ事案のAQ先行において、即日判決は可能である。

     弁護人は、公訴事実及び冒頭陳述について立証十分な主質問を予定している。

     裁判所が、即日判決をすることは可能であると考えており、即日判決を希望する。

     なお、弁護人は、法廷通訳人に対して、すでに弁論を事前送付した。

    裁判所から電話を受けて、
    ・罪状認否(認める)
    ・被告人質問で聞く内容(検察官の冒頭陳述をAQ主質問で確認する)
    ・供述調書(内容に大きな食い違いがない)
    という条件であれば、
    弁護人の指摘のとおり、即日判決ができる旨を確認しました。

    2-4.結局のところ即日判決になった

    結局、当該事件について、
    ・罪状認否→被告人、オーバーステイを認める。
    ・証拠意見→被告人の供述調書(乙1-3)は不同意。(証拠意見書のとおり)
    ・AQ→主質問で公訴事実と検察官の冒頭陳述を確認。反省等の一般情状を確認。
    以上を終えました。
    弁護人から審理を見渡せば、以上で立証十分です。
    裁判官も、即日判決も可能な心証を抱いたと考えます。

    検察官の反対質問では、
    「ほかに立証したいこと」も聞かれず、
    当たり障りのない反対質問で終わりました。
    (供述調書をもとにした詰問パターンもしませんでした。)

    なお、弁護人の再主質問はしませんでした。

    裁判官の補充質問では、
    「日本への再入国の意思がないこと」を確認しました。

    検察官は、被告人の供述調書(乙1-4)の請求を撤回。
    そのまま、論告をしました。
    検察官が「ほかに立証したいこと」(電話)とは、何だったのでしょう?

    弁論を終えて、数分後に判決(執行猶予付き)となりました。
    なお、オーバーステイのため、傍聴席に入国管理局の職員が待機していました。


    検察官は、反省するべきと考えます。
    被告人質問先行実務に不慣れな検察官は、
    審理前に、うまく反対質問できず、
    事前に用意した論告の立証対象が落ちてしまうことを考えて、
    不安になってしまうのでしょう。
    だからといって、「同意への変更干渉」は良くありません。
    このことは、季刊刑事弁護118号(22ページ)でも指摘されています。


    2-5.法322条1項請求に備えた証拠意見書

    なお、当職は、法322条1項請求に備えて、
    弁護人の証拠意見書を作成して持参していました。
    無事に撤回となり空振りましたが、参考にアップします。
    ※この事件のためではなく、別件で作成・提出した内容の修正版です。

    法322条1項請求に対する証拠意見書

    令和7年3月24日

    横浜地方裁判所 刑事部 御中

    弁 護 人   川  口    崇


     検察官請求証拠に対する弁護人の意見は、下記の通りである。

    1.法322条請求について、関連性・必要性・相当性が認められないこと

     本件は、被告人が公訴事実を認めている認め事件(自白事件)である。

     検察官が、立証目標とした冒頭陳述は、甲号証及び乙第4号証(ビザ)で認められるほか、被告人が被告人質問(主質問)で認めている。検察官にとって、立証十分である。

     裁判所においては、検察官に対して、撤回を促したうえで、それでも、検察官が法322条1項請求を維持されるのであれば、採用却下の判断をするべきと考える。


    2.「不利益な事実の承認」部分を特定して請求がされていないこと

     検察官は、乙号証を法322条1項に基づく請求した。

     当職は、法廷でこれに対する異議を述べる。

     まず、検察官が、すべての被告人の供述調書の全部分を請求したことは、法322条1項請求をするうえで、特定性を欠く不適切な姿勢であり、不適法である。

     一般に、弁護人は、全ての被告人供述調書を請求されると、被告人質問と供述調書との「差分」がわからず、関連性・必要性・相当性について、具体性をもった主張をすることができず、「関連性・必要性がない」としか意見することができない。

     多くの認め事件では、裁判官は撤回を促して検察官も撤回をするものの、法322条請求の場面では、裁判官が全部一括請求を許容して、弁護人が困惑した経験もある。

     より詳しくは、村井宏彰弁護士「非裁判員裁判における審理の在り方―被告人質問をもっと「先行」しよう!季刊刑事弁護95号(現代人文社)を参照されたい。

    (※筆者注:2項について「不特定」とあたりをつけて書きました。実務では、立証を企図する部分を特定して法322条請求する検察官も少数ですが存在します。特定された場合には、2項を削除して提出する予定でした。ただし、オーバーステイ事案で「不利益な事実の承認」供述は、通常存在しないことから、検察官が法322条請求してしまう場合には、テンプレ的に不特定の全部分請求であろう、という予想から、このような記載としています。)


    3.およそ、すべての被告人の供述調書には証拠能力を認めるべきではない

     つぎに、弁護人は、証拠意見書において任意性を争っている。弁護人は、あらゆる刑事裁判において、被告人の供述調書による調書裁判・精密司法をするべきではないと考える。そのため、証拠意見書で「任意性を争う」と予め記載している。

     横浜地方検察庁では、録音録画がされている中で、あろうことか正検事が、黙秘をする被疑者に対して、「ガキだよね」「お子ちゃま発想」等という不適切な取調べを行い、その様子は、現在もYouTubeで世界中に配信されている。反省するべきである。

     このような取調べを経て作成される供述調書には、もはや任意性を観念できない。

     検察官は、捜査段階の供述調書の任意性を立証するのではなく、尋問技術を磨いて、被告人から立証の目的となる事項を法廷において聞き出す努力をするべきである。


    4.外国人被告人の供述調書には証拠能力を認めるべきではない。

     さらに、被告人は、・・・・国籍の外国人である。

     外国人の供述調書自体が捜査機関の通訳人を介した内容である。①通訳人を介して聴取⇨②捜査官作成⇨③供述調書を通訳して読み上げ⇨④被告人が確認⇨⑤サイン指印という、作成過程を辿っているため、「二重の齟齬」が生じる危険性がある。

    東京高判昭和51年11月24日が「二重の齟齬」を指摘する。)

     また、通訳人は、当該言語の職業通訳人ではないことが多い。弁護人の接見同行の経験上、通訳人の母国語ではない言語は不得意であるから、正確性を担保できない。

     外国人被告人の供述調書には、特に任意性を認めるべきではない。

    5.些細な事情を立証しても、本件との関連性が全く認められないこと

     検察官は、供述調書を情報源にした論告を事前に作って決済をするため、供述調書の些細な内容にこだわり、結果、法322条1項の請求までしなければならない事態を招くのである。

     刑事訴訟規則は、裁判員裁判のみならず非裁判員裁判でも、証拠厳選を求めている。

     「証拠調べの請求は、証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して、これをしなければならない。」(刑事訴訟規則189条の2)

     過去の立証姿勢を捨て、ベストエビデンスにより立証するべき内容に集中した論告とすれば、調書裁判主義から脱却することができる。核心司法を志すべきである。


     検察官は、まず、被告人の供述調書を情報源とせず、頭から捨て去るべきである。

     被告人の供述調書ではなく、同意のあった甲号証のみをベースとして論告を作成して、求刑に必要不可欠な事情のみを主張することが求められている。

     被告人の供述調書を情報源に論告を作成するから、法322条1項請求という伝聞例外の規定に頼らなければならず、検察官が自分の首を締めてしまうのである。

     些細な事情を立証することで、本件の量刑に何の影響があるのだろうか。

     供述調書の証拠能力が認められたとしても、被告人の法廷供述との齟齬について、今度は「信用性」の問題となり、争点が拡散してしまうだけであろう。


     以上、本件の公判担当検察官だけでなく、横浜地方検察庁の検察官(全体)への被告人質問先行方式の実務への助言の意味でも、詳しく意見を述べさせていただいた。

     今後の実務にも役立てていただければ幸いである。

    以上


    初心者弁護人の方のオーバーステイ事案の
    被告人質問先行&即日判決の案件において、参考になれば幸いです。

    なお、裁判官の採用決定(直)後には、
    弁護人が法令を指摘して異議を述べる必要があります。
    これについて、別稿でまとめようかと考えています。


    3.「AQ先行だと即日判決できない?」という𝕏ポスト

    𝕏・旧Twitter:ポスト1ポスト2ポスト3
    ポスト1ポスト2は、誤解に基づく内容と推察されます。罪体(公訴事実)の質問は、本稿の通り、公訴事実と冒頭陳述の確認をするだけで必要十分です。過分な時間がかかるというイメージは誤解です。
    ポスト3は、2021年かつ簡易裁判所の内容です。検察官の同意干渉に対して「やむなく同意。ただし信用性を争う」とした事案の紹介です。検察官が、反対質問で牛歩戦術を使用した場合には、裁判官は止めさせます(実際に経験があります)。検察官の同意への変更干渉には従わず、被告人質問先行をさせても、即日結審はもちろん可能ですし、(裁判所次第で)即日判決も可能であったと考えられます。


    〆 横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇


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