「黙秘指示」判断の整理試案~原則黙秘・例外解除についての整理~【弁護人向け】©2025川口崇弁護士

原則黙秘・例外解除について整理を試みます。
🐺「黙秘れだまれ小僧!!」
©1997 Studio Ghibli・ND

第1.原則黙秘・例外黙秘解除の整理

「原則黙秘」「例外黙秘解除」という言葉は、
各弁護人の「例外解除」の範囲の捉え方により、
「黙秘させなくて良い」と雑に誤解されます。
「例外解除」の範囲を主観で決められるからです。

そこで、弁護人の解像度を上げるために、
絶対黙秘指示」という類型を造語しました。
(黙秘の態様を示す完全黙秘・カンモクとは異なります。)

原則黙秘/例外黙秘解除の整理試案

原則黙秘・例外黙秘解除の整理試案
@初回接見の黙秘指示&
@その後の黙秘解除を類型化しています。

【初回接見で黙秘指示をするべきか?】

1.裁判員裁判対象事件では、絶対黙秘指示です。
(1)裁判員・否認事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。
(2)裁判員・認め事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。


2.通常事件≒非裁判員裁判対象事件では分岐します。

2.(1)通常・否認事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。

2.(2)通常・認め事件では、初回接見で黙秘指示するべきか判断が必要です。
・原則黙秘指示:初回接見では、黙秘指示がベターです。(不起訴の可能性)
・例外黙秘解除:初回接見で、黙秘指示をしないことも許容されます。
ただし、黙秘指示をしないと事後的に取り返しがつきません。
初回接見で「迷ったら黙秘指示!」がベターです。


【被疑者段階で黙秘指示を解除する可能性があるか?】

1.裁判員裁判対象事件では、絶対黙秘指示です。
⇨裁判員裁判対象事件では、ほぼ黙秘解除する必要がありません

2.(1)通常・否認事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。
⇨通常・否認事件では、ほぼ黙秘解除する必要がありません

2.(2)通常・認め事件では、初回接見で黙秘指示するべきか判断が必要です。
・原則黙秘指示
⇨不起訴の可能性から、黙秘解除しない方が良い結果になる可能性が高いです。
⇨ただし、略式起訴等の理由から、慎重に黙秘解除するべきケースもあります。

・なお、黙秘指示をしない場合には黙秘解除も何もありません。


裁判員裁判(認め・否認)と否認事件では、
黙秘指示をした方が、被疑者に有利有益です。
そのため、「絶対黙秘指示」に整理しました。

1.裁判員裁判対象事件では、絶対黙秘指示です。

(1)裁判員・否認事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。
(2)裁判員・認め事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。

・類型的に法定刑の重い事件が多いため、
何らかの罪で正式起訴されます。
公判では「供述調書が存在しない状況」が有利・有益です。
そのため、絶対黙秘指示が必要です。

・類型的に量刑の重い事件が多いため、
黙秘貫徹により、罪名落ちが結構あります。
(例:殺人未遂→傷害、強盗致傷→強盗)

△検察官は、重い罪の内容を自白で固めます。
・供述調書は、AQやケースセオリー作成の邪魔です。
・B不同意→P撤回で、公判で供述調書は使われません。

裁判員裁判対象事件では、ほぼ黙秘解除する必要がありません
厳密には、絶対黙秘指示でも、途中で黙秘解除がわずかにあります。

2.通常事件≒非裁判員裁判対象事件では分岐します。


2.(1)通常・否認事件では、初回接見で絶対黙秘指示が必要です。
通常事件の否認事件では、「絶対黙秘指示」です。
否認事件で供述調書を作らせてはなりません。

2.(2)通常・認め事件では、初回接見で黙秘指示するべきか判断が必要です。
・原則黙秘指示:初回接見では、黙秘指示がベターです。(不起訴の可能性)
・例外黙秘解除:初回接見で、黙秘指示をしない検討も許容されます。

実際には、黙秘をした方が被疑者に有利有益なことが多いです。

一定数、「黙秘指示をしなくても良い事件がある」かもしれません。
ただし、黙秘指示をしないと事後的に取り返しがつきません。
初回接見で「迷ったら黙秘指示!」がベターです。

たとえ、黙秘指示をしない場合でも、
せめて、供述調書の署名押印の拒否を指示した方が、
起訴された場合に「不利益な事実の承認」(法322条1項)を減らせます。

3.筆者の原則黙秘指示の割合・感覚

筆者の場合、通常・認め事件でも原則黙秘指示をします。
多くの被疑者は、供述調書・作文について、
特に裁判所で不利益にしか使われないことを説明すれば、
非常に関心を示して、今後の黙秘トライを約束してくれます。
実は、裁判所での供述調書の取り扱いの解像度が、
弁護人の説明の説得力の違いに繋がっていると思います。

黙秘指示」は、あくまで「促すこと」しかできません。
筆者は、被疑者に「警察・検察はプロだから、あの手この手で
あなたに供述をさせようとプレッシャーをかけるよ」と伝えています。
「万が一、完全黙秘できなくて、なにか話しちゃっても、
最終防衛線として、署名押印は絶対しないでね!」と伝えています。

被疑者との信頼関係を築けない場合には、
黙秘権説明と署名押印拒否の説明だけして、
はじめから黙秘解除(例外)とすることもあります。

第2.黙秘指示と被告人質問先行の整合性(余談)


本当は、弁護人が被疑者に黙秘させる結果として、
「被告人の供述調書は存在しない」状況が理想です。
そうであれば、検察官の請求証拠にも存在せず、
「乙号証(APS・AKS)の証拠意見」は必要ないように思います。
趙誠峰弁護士は、2018年の𝕏・Twitterで、
AQ先行って妥協の産物だよね。」と指摘をしています。
フォロワーの弁護士達は、鋭い指摘に感銘を受けたかもしれません。

しかし、この指摘には、落とし穴があります。
それは、黙秘権が、被疑者にあることです。
弁護人は「黙秘を促す」ことしかできません。

弁護人が「黙秘指示」をしても、
供述調書作成の有無は被疑者A依存。
不同意⇨AQ先行が必要になる。

もし被疑者の黙秘選択権が弁護人にあれば、
捜査官が弁護人に確認するかもしれませんが、
現行法では、弁護人に立会権さえありません。
弁護人には、所詮、黙秘を促すことしかできません。
被疑者には不完全かつ不十分な支援です。

そうすると、弁護人が黙秘指示をしていても、
被疑者が、密室で黙秘できないパターンは存在します。
検察官が供述調書を請求する場合、
「不同意」と証拠意見してAQ先行にする意義があります。

なお、法廷で黙秘戦術を使う場合にも、
AQ先行(被告人質問の実施先行&法廷黙秘)になります。
AQ先行とは、あくまで、AQ実施の順序(先後)を指す用語です。
被告人が、法廷で供述を「する」ために
必要性がなくなる(かどうか)は、別問題だと考えます。


第3.原則黙秘教育の分析

司法研修所の刑事弁護教官室

「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」2頁-5頁
(司法研修所刑事弁護教官室。75期から白表紙として配布)

2 接見
(2)取調べ対応についての助言

ア 取調べ対応の種類
 被疑者が取り得る対応は、大きく三つに分かれます。
①供述しない
 捜査機関に情報を与えないという対応です。
②供述するが、内容にかかわらず供述調書には一切署名・指印しない
 捜査機関に情報は与えるが証拠(刑訴法 322参照)は与えないという対応です。ただし、取調べ状況が録音・録画されている場合、録音・録画の記録媒体は実質証拠とされる可能性があり、証拠を与えてしまうことに注意が必要です。
③供述し、供述調書には内容に間違いなければ署名・指印する
 捜査機関に情報も証拠も与えるという対応です。

イ 取調べの実態
以上の対応のいずれを選択すべきかを検討する前提として、取調べの実態に留意する必要があります。
捜査機関は、被疑者から不利益事実を承認する供述を獲得することや、公判で被告人の供述を弾劾するために用いる材料を獲得するために取調べを行います。その目的を達するため、取調官は単に被疑者の供述を聞くのみで取調べを終えることはせず、追及や説得をします。
これに対して被疑者は、十分な法的知識がない上に、取調べに慣れておらず、取調べにおいて冷静に対応するのは極めて困難です。身体を拘束されている場合には精神的な動揺が大きい状態にありますから、冷静な対応はいっそう困難です。そのため、取調官の追及や説得によって記憶とは異なる供述をしてしまうおそれがあります。人の記憶は元来脆弱なものですから、事実とは異なる思い込みによる供述をしてしまうおそれもあります。

ウ 取調べ対応の検討
具体的な事件においてどの対応をとるかの決断は容易ではありませんが、対応を検討する際の一つの考え方を示します。
被疑者は、弁護人に対しても、意識的に事実と異なる供述をすることがあります(過剰な弁解、捜査官に迎合した供述の維待等)。また、無意識的に事実と異なる供述をすることもあります(知覚や記憶の混乱等)。
しかし、起訴前に弁護人が保有する情報は乏しく、被疑者の供述が客観証拠と矛盾するリスク、他の証拠に照らし不自然・不合理とされるリスク、起訴後の証拠開示を受けて供述が変遷するリスクを的確に回避することは困難です。
さらに、前述した取調べの実態を踏まえれば、取調官による追及や説得によって被疑者の知覚・記憶とは異なる内容の供述証拠が作成されてしまうおそれもあります。
このようなリスクに加えて、被疑者には権利として黙秘権が保障されていることを考えれば、「黙秘が原則であり、黙秘の解除(黙秘権の放棄)が被疑者の利益になる場合に限り供述する」という考え方が基本であると言えます。黙秘の解除(黙秘権の放棄)が被疑者の利益になる例として、供述することが被疑者の有利な処分につながる場合があります。被疑事実を認める供述をして不起訴(起訴猶予)を獲得する、否認する供述をして不起訴(嫌疑なし)や認定落ちの起訴を獲得する等です。ただし、この場合も、被疑者の供述内容を捜査官に伝える方法については注意が必要です。被疑者が捜査官に対し取調べ等の機会に直接供述する方法のほか、被疑者の供述を弁護人が証拠化して提出するという方法も考えられます。あるいは、弁護人の意見書という形での情報提供にとどめる、という方法を検討する必要があります。
また、助言は時間の経過とともに変化し得るものです。例えば、当初は「黙秘」を助言したが、状況の変化があった場合、例えば、弁護人の調査により裏付けとなる証拠を得た、捜査が進み被疑者の供述を検察官に伝えれば不起訴処分が見込める等の事情が生じた場合には、「供述」に助言を変えることがあります。

エ 取調べ対応の助言
①対応を決断する
まずは、弁護人が全責任をもって被疑者の利益を守るためのベストな対応は何かを決断しなければなりません。取調べ対応についての助言とは、弁護人が被疑者に「こうして下さい」と具体的に伝えることであり、弁護人の責務です。
②明確に助言する
被疑者への助言は、被疑者が誤解することなく実行できるよう、シンプルかつ明確に行わなければなりません。例えば、「事件と関係ない話なら応じてもいいです」、「自分に不利だと思うことは説明しないでください」など、供述するか否かやその内容の選択を被疑者自身に委ねるような助言は避けるべきです。
③被疑者の納得を得る
なぜ黙秘するのか(供述すれば被疑者の言い分を理解してもらえるのに、黙秘は不利にならないか)、なぜ供述するのか(黙秘権を放棄するリスクについてどう考えているか)を被疑者に分かりやすく説明して、その納得を得なければなりません。重要なのは、その対応がベストだという確信を弁護人が持つことです。確信のない弁護人の助言を被疑者が納得するはずはありません。弁護人の助言にかかわらず、被疑者が黙秘できなかった場合でも、弁護人が黙秘の方針がベストであると考える場合は、被疑者の納得を得られるように頻繁な接見を繰り返し、粘り強く黙秘の助言を続けるべきです。

オ 違法・不当な取調べへの対応
被疑者から違法・不当な取調べを受けたという訴えを聞いたときは、以下の対応をとります。
まず、直ちに被疑者から取調べ状況の詳細を具体的に聴取します。次いで、速やかに捜査機関に抗議します。速やかな抗議を行うとともに、抗議した事実を証拠化しておくために抗議書の送付などもするべきです。また、被疑者の供述を証拠化するため、事情聴取した内容を書面にし、確定日付を得るなどします。
速やかな抗議を行わなければ、「弁護人が何もしなかったのは被疑者から訴えがなかったからだ」と反論されかねません。抗議に際しては、最高検・警察庁の規則や通達に基づく申入れ(申し出)という形式をとることも考えられます。



司法研修所は、現場の軋轢を生む可能性を考えて、
「原則黙秘」という曖昧な表現で啓蒙をしているように思います。
しかし、「原則黙秘」は弁護士の主観判断に陥り、啓蒙効果が減退しています。

以下の𝕏・Twitterは、「原則黙秘」の用語に疑問を投げかけています。

本稿により、原則黙秘と例外解除の整理が進められればと考えています。
筆者は、司法研修所や日弁連には、具体的分析が不足しているように感じました。
(司法研修所の立場は「刑事弁護の手引き」等を参照)
(日弁連の立場は「被疑者ノート」等を参照)

■@初回接見において、絶対黙秘指示をするべき事案が存在します。
裁判員裁判対象事件と否認事件は、絶対黙秘指示です。
この単純化により、黙秘指示すべき事案が明確になったと考えます。

通常事件の認め事件の@初回接見では、
黙秘指示の必要性の低い事案が存在します。
それでも、原則黙秘です。
初回接見で「迷ったら黙秘指示」がベターです。

■@その後の被疑者段階において、黙秘解除する事案が存在します。
⇨たとえば、検察官との交渉の中での略式起訴の可能性です。
例外解除するべき事案の分類化・言語化が必要だと感じています。

3-1.日弁連:被疑者ノート抜粋


憲法38条1項は、「何人も自己に不利益な供述を強要されない。」と定め、黙秘権を保障しています。
また、刑事訴訟法198条2項は、「取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。」と定めています。
ですから、あなたは、取調べに対しては、ずっと黙ったままでいることもできますし、答えたい質問にだけ答えて、答えたくない質問に対しては答えないということもできます。
なぜ黙っているのかを聞かれても答える必要はありません。
取調べや現場引き当たり(現場検証の立会いなど)、犯行再現などの際に、なんらかの動作(うなずく、首をふる、指し示す、犯行を再現するなど)を求められた場合でも、なにもしなくて(黙秘をして)かまいません。
黙秘権は,権力が,無実の人から無理にウソの自白をさせてきたことの反省から生まれたものです。ですから、憲法も黙秘権を当然の権利として認めています。
質問に答えなくても,あなたを不利に扱うことはできないことになっていますので、安心してください。

被疑者ノート(2024)」の黙秘権の説明は、「原則黙秘」に追いついていません。
弁護人があなた(被疑者)に「黙秘は解除する」と言うまで、「黙秘」してください!と助言すべきです。


続く「3」では、供述調書を「作文」と批判しています。
それなのに、選択肢のような黙秘権の説明は、弱い印象です。



「4」は最終行に違和感があります。
「3」で指摘した「作文」には絶対に署名・押印をしないでください!
あなたの言い分は、裁判所で話す機会がありますから、署名・押印するべきではありません!
署名・押印をすると、刑事訴訟法322条1項により、あなたの言い分に反した供述調書が、裁判所で読み上げられてしまう可能性があります。
と助言するべきです。

3-2.神奈川県弁護士会(新聞)

妹尾孝之弁護士(元刑事弁護教官)「刑事弁護修習の最前線~20年目の司法修習~」
「原則黙秘」
その1より引用)
模擬接見を通じて修習生に解説したのが「原則黙秘」の考え方である。(中略)
この「原則黙秘」の考え方は、取調べの可視化が導入された後、可視化時代に対応した弁護実践を重ねるうちに固まってきたものであるが、各修習地で個別指導に当たる指導担当弁護士とは温度差を感じることもある。
弁護教官が、担当クラスの修習地に赴いて各単位会と行っている意見交換会でも、議論になることがあった。これらの意見交換会での議論では、「『原則黙秘』=何が何でも黙秘させる」といった誤ったイメージが持たれているようにも感じた。(以下略)
その2より引用)
「原則黙秘」とは、読んで字のごとく、取調べへの対応は黙秘を原則とし、黙秘を解除する条件がそろった場合に限り、黙秘を解除して供述することとすることをいう。被疑者が被疑事実を否認しているか、認めているかは問わない。
黙秘を解除することで有利な処分が見込まれる場合など、「黙秘解除の必要性」が認められる場合には、黙秘を解除することも検討することになるが、その場合でも、弁護人の責任において本当に黙秘を解除してよいのかを十分に検討し(「黙秘解除の許容性」)、黙秘を解除すべきと判断した場合には、被疑者に対し、何を、どこまで、どのように供述するのかを明確に指示するなど、被疑者に対して具体的で適切な助言をしなければならない。黙秘を原則とする理由は複合的であるが、
①黙秘権は憲法上保障された権利であり、その権利の放棄は放棄する積極的な理由がある場合に限り、例外的に行われるべきであること
②取調べにおいて供述することのリスクとして、被疑者が真実を話して弁解をしているのに、事件について誤った先入観を持った捜査機関が、バイアスに捕らわれて、また、時には正義感に似た悪意をもって、「弁解潰し」の捜査に走るおそれがあること(その場合、参考人の供述が取調官のバイアスの影響を受けて歪められるなど、証拠関係に深刻な汚染が生じ、事後的にその汚染を除去するのに困難を極めることがある。 )
③さらに、別のリスクとして、被疑者が意図せず(記憶違いなど)、あるいは意図的に(過剰な弁解や取調官への迎合)、真実に反した供述をしてしまい、それが後に被疑者に不利益に作用するおそれがあること
④取調べの可視化が広がったことにより、黙秘を実行するための条件が以前に比べ格段に整っていること
⑤そして、黙秘権行使が「当たり前」の手段となりつつあることに伴い、裁判官の意識にも変化の兆しがうかがわれること
などを挙げることができる。
その3より引用)
「原則黙秘」の例外的な場合、すなわち黙秘を解除して供述することを選択する場合とは、どのような場合か。
「黙秘解除の必要性」が認められる場合としては、①供述することにより、不起訴処分や略式起訴等、被疑者に有利な処分が得られると見込まれる場合②既にしてしまった誤った供述を訂正する必要がある場合③違法性阻却事由の存在等、供述の時期が供述の信用性の判断において影響を及ぼす可能性がある場合(「後出し」では供述の信用性が損なわれるおそれがある場合)④事案の性質上、供述した方が得策であると考えられる場合(共犯事件等)などが考えられる。
また、これらの「黙秘解除の必要性」を検討するに当たっては、当該事件における証拠構造を意識し、被疑者の供述が証拠構造上どのような意味を持つのか、その重要性はどの程度かといったことを考慮する必要がある。例えば、故意が重要なポイントとなると見込まれるような事案では、被疑者の供述は重い意味を持ってくるということになり、そのことも念頭に置いて「黙秘解除の必要性」を判断しなければならない。
次に、「黙秘解除の必要性」が認められるとしても、当該被疑者について、本当に黙秘を解除してよいのか、「黙秘解除の許容性」も検討する必要がある。
ここで考慮する要素としては、①供述内容の正確性②被疑者の供述能力③他に取り得る方法より効果的か④余罪取調べへの波及等、供述のリスクはないか、といったことが挙げられる。
供述内容について、被疑者から十分な聴取りをし、被疑者の記憶が正確であるか、客観的証拠による裏付けはあるか、被疑者の性格や表現能力、コミュニケーション能力等に照らし、取調べにおいて正確な供述をすることが可能であるかなどを検討し、さらに、弁護人による供述録取や弁護人を通じた捜査機関への情報提供等の方法より被疑者が捜査機関に直接供述する方が効果的なのかも考える必要がある。
その4より引用)
「黙秘解除の必要性」が認められ、「黙秘解除の許容性」も肯定される場合、実際に黙秘を解除して供述をすることになるが、その場合には、黙秘解除の狙いとの関係で、適切な時期を選択する必要がある。例えば、不起訴処分を狙って黙秘を解除するのに、満期ぎりぎりで検察官が決裁を取る暇がないというのでは遅すぎる。
「原則黙秘」とは言っても、手順を踏んだ上で黙秘を解除すべきと判断されるのであれば、早期の黙秘解除もあり得る。なお、黙秘を解除するに際しては、被疑者との間では、何を、どこまで供述するのかといったことについて、十分協議し、助言をしておく必要がある。
黙秘を選択するにしても供述を選択するにしても、被疑者に判断を委ねるのではなく、弁護人が専門家として判断を下し、被疑者には明確な指示・助言をすることが必要である。
特に、黙秘を選択する場合、被疑者が心理的な抵抗を感じることも少なくないので、黙秘の理由や目的、メリットについて十分な説明をするとともに、連日接見による早期の信頼関係構築や心理的支援を図る必要がある。最初のうちは「取りあえず、明日私が接見に来るまでは黙秘しましょう」などと、短期的な目標として黙秘を指示するといった方法も有効である。
「原則黙秘」という言葉は、かつては弁護人自身が「黙秘は例外的戦術」と思い込みがちであったところ、取調べの可視化が広がるのに伴って様々な弁護実践が模索される中で、黙秘の有効性が改めて確認されたことから、発想の転換を促すためのキャッチフレーズとして使われるようになったものである。しかし、他方で、「原則黙秘」という言葉が一人歩きし、「何が何でも黙秘」という意味に誤解され、「硬直的黙秘」とでも評すべき状況が生まれたりもしている。
「原則黙秘」は、結局発想の出発点をどこに置くかという問題であり、状況に応じて柔軟に対応することを忘れないようにする必要がある。
(神奈川県弁護士会新聞2022年10月、同年12月、2023年2月、同年4月)


>「原則黙秘」という言葉が一人歩きし、「何が何でも黙秘」という意味に誤解され、「硬直的黙秘」とでも評すべき状況が生まれたりもしている。

古い弁護人界隈には、
妹尾弁護士が指摘する「誤解」があります。
「何が何でも黙秘」(誤解)では、
とても受け入れられないアイデアのため、
現状、黙秘指示をできない弁護士が多いです。

司法研修所が、例外解除するべき事案の
分類化・言語化をできていないからだ、
と、筆者は誤解の原因を分析しています。

3-3.第二東京弁護士会(研修)

(1)初回(初期)接見など(黙秘原則の徹底・重要性) 
(中略)
最初の接見、すなわち、弁護の「最初期段階」では、「黙秘原則」が圧倒的に正しい。ベースは、「黙秘」であることが徹底されなくてはならない。最初期段階において、弁護人にはほとんど情報がない。被疑者から話を聞いても、その段階で弁護方針を決定することは困難である。後日方針を決め、「黙秘を解除」することはあり得るが、最初期段階では、まずは黙秘である。その意義を被疑者に分かりやすく説明し、理解・納得してもらう必要がある。

(中略)

(3)黙秘を解除する場面
最初期段階では黙秘が基本であるが、その後、様々な状況ないし証拠関係が判明し、弁護方針を立てる中で、黙秘を解除することがある。解除の要否及び時期を検討するにあたっては、供述することと黙秘することで、どちらが被疑者に有利になるかを考える。もし供述することが有利となるのであれば、黙秘に固執することなく解除を検討すべきである。
ただ、弁護人の立会いがほぼ認められていない現在の状況下では、弁護人のリアルタイムの助言が困難である以上、常に黙秘には一定のメリットがあるということになる。それでもなお、供述のメリットが上回る場合に、黙秘解除がなされるべきであろう。
考慮要素は多岐にわたるが、事件の筋(事件の重大性、被害者の有無、争いの有無、証拠の固さ、共犯者の有無、処分の見通しなど)、被疑者側の事情(弁解状況、被疑者の性格、社会的地位、心理状態など)、捜査側の事情(捜査の進展状況、証拠やその内容、取調官の態度、余罪捜査の可能性など)などの観点がある。具体例としては、次のようなものが考えられる。

(ア)不起訴処分や略式起訴を獲得目標とする場合
供述することによって嫌疑が晴れるような事案や、動機や反省を述べ不起訴処分や略式起訴を獲得目標とする事案である。例えば、初犯で金額が過大ではない窃盗事案や、被害者との示談が見込まれる暴行事案などである。

(イ)後出しと指摘される可能性のある場合
例えば、暴行の事実は争わないが、正当防衛主張のために具体的な状況を主張する場合である。

(ウ)経験則に照らして不利益な推認がなされる可能性のある場合
例えば、盗品の近接所持により被疑者の犯人性が推認される場合、被疑者が提出した尿から覚醒剤の陽性反応が確認された場合などである。このような場合には、積極的に供述をして経験則を打破する必要がある。
※もっとも、以上のような被疑者の記憶や認識等を捜査機関に明らかにする必要がある場合であっても、弁護人の立会いがない中で、被疑者本人に供述させるのが良いか、弁護人が捜査機関に書面等を提出する形が良いかは、よく検討する必要がある。後者の方がリスクは圧倒的に低いため、被疑者に供述させるのは最小限にとどめ、基本的には弁護人が被疑者から供述を聞き取って弁面調書を作成したり、弁護人が主張書面を捜査機関に提出したりする方法を選択するべきである。

(エ)リカバリー(特に録画の下で)
被疑者が不本意な供述を録取された場合、その修正の限りで黙秘せず正しい内容を供述するような場合などである。取調べの中で、被疑者が自身の供述が不本意であることを述べ、それが録画に残ることの意義は大きいといえよう。


@初回接見の原則黙秘
@途中での例外解除パターンの言及があります。
ただし、@初回接見で、通常事件・認め事件の
パターンで解除するべきかの言及に欠けています。

古田茂弁護士(49期) 刑事弁護教官@2017年~2020年
「今の刑弁教官室では、まずは黙秘から考えるという指導をしていることは、実務修習の方でも理解しておいてもらいたいと思います。どんな事件でもまず黙秘を原則とし、供述させる理由、必要性があるかどうかを考え、例外的にその必要があるときにのみ供述を選択する、という指導をしているわけです。これは刑弁教官室がとんがったことを言っているわけではなくて、本来の在り方を確認するものですし、可視化の時代になってそれが以前よりは容易になったということもあります。日弁連の研修でも同じようにやっています。しかし、実務修習になると、否認事件であっても「まずは自分の言い分を間違いなく言いなさい」というような助言に接する機会があったりして、研修所ではこう聞いたのに実務修習では違うことを言われた、みたいな話になってしまいます。最終的にどういう弁護方針を取るかは事案にもよりますし、弁護士それぞれの考えだとは思いますが、ベースとして研修所ではこういう指導をしているということは理解しておいてもらって、その前提で話をしてもらえば修習生は混乱しないと思います。もう7年ぐらいにわたって各代の教官たちが言ってきたので、だいぶ浸透してきたかなとは思いますが。」

司法研修所教官 経験者座談会
〜「司法修習のいま」と「弁護教官の仕事」〜


3-4.東京弁護士会(LIBRA)

3 供述する利益が上回る場合
 「原則」には例外がある。上記の,供述することによる不利益を,供述することによる利益が上回る場合である。ここで検討すべきは,供述することによる利益の有無だけでなく,利益と不利益の比較衡量である。つまり利益の大きさの予測(見立て)と,上記の供述することにより生じる不利益の正確な把握が重要である。
 供述することにより生じる利益のひとつは,身体拘束からの解放可能性が高まることである。極めて不当な運用ではあるが,現在の身体拘束に関する実務において,否認し又は黙秘していることは,勾留し,保釈を認めない方向の事情として重視されている(いわゆる「人質司法」の問題)。供述する方が,解放可能性が高まること自体は否定できない。
 もっとも,黙秘していても勾留請求却下となる事例は,軽微な事案であれば増加傾向にある。また,捜査段階で黙秘していても,起訴後に上申書や陳述書を添付することで,保釈が許可されるケースも少なくない。身体拘束からの早期解放は極めて重要な利益だが,弁護人が安易に供述を促すことは,かえって被疑者にとって不利益となる上,人質司法の強化に弁護人が加担することと同義である。
 また,供述することにより軽い処分を得られる可能性がある。被疑事実に争いがなく,かつ,起訴猶予処分や略式命令が見込まれる可能性がある場合などである。これらの処分にあたっては,被疑事実を認める供述調書の作成が事実上必要条件となる。また,即決裁判手続に付される可能性がある事例も同様である。これらの利益は大きく,しばしば供述することによる不利益を上回る。もっとも,供述することにより上記有利な処分がなされる可能性がどの程度あるか,との予測が要であり,慎重な判断が求められることは当然である。
 また,被疑者の弁解を捜査機関に伝え,嫌疑不十分による不起訴を積極的に誘発するということもないではない(例えば,違法捜査がなされたとの主張や,正当防衛の主張など)。しかし弁解は,被疑者本人に取調べの中で供述させなければならないということはない。多くのケースでは,弁護人による書面で顕出する方法により代替可能であろう。取調べで供述をさせる大きな理由にはならない。

【クローズアップ刑弁】
捜査段階における「原則黙秘」の実践
赤木 竜太郎弁護士(67期)

例外解除をいくつかあげています。
ただし、類型化が不足し、ケースバイケースの印象です。

連載1も、黙秘を取り扱っており、参考になります。
【クローズアップ刑弁】
被告人質問において,捜査段階で黙秘していたことについて検察官から質問された場合の異議
柏本 英生弁護士(69期)


3-5.日弁連のeラーニング

この弁護人にきく_第1回_黙秘【E10499】
講師名 川上 有弁護士(札幌)、佐々木 さくら弁護士(東京)
掲載期間 2025年04月16日~2027年06月30日
総時間 00時間40分05秒
商品説明 「この弁護人にきく」は、刑事弁護の分野において著名な弁護士を講師としてお招きし、刑事弁護の各場面において、基本的な事項や心得について講義いただきます。
今回は川上有弁護士に対して、黙秘についてインタビューさせていただきました。
黙秘権行使が重要であるにも関わらず、なぜ黙秘の貫徹が困難なのか、それを乗り越えるために被疑者とどのような協議が行われるべきかなどについて、川上弁護士の実践例(失敗例を含め)を盛り込んだ形でお話しいただきました。

シミュレーションのやり方が参考になると思います。

3-6.警察官向けの教本

教本「取調べ(基礎編)」・平成24年12月 警察庁刑事局刑事企画課
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/sousa/index.html


(本稿は、執筆中です。情報収集に時間がかかるため、暫定公開しています。)





〆 横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇

著作権法32条1項に基づく引用

・本稿の引用論文は、著作権法32条1項の「批評、研究」の目的で引用しています。

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