「調書裁判」を根絶する試みの整理©2024川口崇弁護士
![]() |
「すべて同意」弁護人ヲ募集中 「調書裁判主義」ヲ堅持セヨ (アンクルサム) ※調書裁判主義の堅持を図る検察庁の風刺画。 |
日弁連は「可視化(録音録画)」と
「弁護人の立会い」運動をしています。
司法研修所の刑事弁護教官室は「原則黙秘」と
「乙号証不同意による被告人質問先行」を推奨します。
しかし、刑事弁護の運動等の意図は、一般の弁護士にはわかりにくいです。
乙号証不同意⇨被告人質問先行の意図も、多くの弁護士に通じていません。
そこで、筆者は「被告人質問先行」の記事をアップして解説しています。
日弁連等の試みに共通するポイントは、
「調書裁判を根絶する」ということにあります。
![]() |
原則黙秘・被告人質問先行は「調書裁判の根絶」が目的。 可視化・立会いは「調書裁判をマシにすること」が目的。 |
@起訴前の被疑者段階(根絶)
「原則黙秘」・「署名押印の拒絶」・「取調べ拒否」
捜査官に供述調書を作成させないことで、
公判で供述調書を請求することができない。
@起訴前の被疑者段階(マシに)
捜査官に供述調書の作成を許すものの、
供述調書の内容をマシにすることで、
せめて、虚偽の自白調書を採用させない。
@起訴後の被告人段階(根絶)
「乙号証不同意によるAQ先行」⇨撤回・却下
供述調書(乙号証)を不同意にすることで、
被告人質問の実施後にP撤回の可能性が生まれ、
法322条請求をしてもJ却下の可能性が上がります。
※「任意性を争う」べきだという提言は、筆者発信です。
@起訴後の被告人段階(マシに)
「乙号証不同意によるAQ先行」⇨採用
供述調書(乙号証)を不同意にすれば
採用留保のうえで被告人質問先行になり、
裁判官はまず法廷供述による心証形成をします。
仮に、法322条で採用をする場合であっても、
法廷供述を前提として、供述調書を比較して、
供述調書の信用性を吟味することとなります。
日弁連は、40年以上前に、
決議の中で、裁判所の「調書裁判主義」を批判しました。
「ここ数年来、死刑を含む重大な確定判決に対する再審開始決定が相次いで出された。
現憲法及び刑事訴訟施行後に発生した事件について再審が開始され、また、再審において無罪が言渡されたことに注目しなければならない。われわれは、これら再審事件に共通した冤罪の原因を分析するとともに、数多くの誤判・誤起訴事件についてその原因を調査した。
その結果、
捜査段階における虚偽供述の強要
公判審理における自白偏重主義・伝聞法則を不当に緩和した調書裁判主義
が最大の原因であることが明らかとなった。」
「誤判に至る経過は、再審事件においてその典型的姿を示している。すなわち、見込捜査にはじまり、別件逮捕、勾留、代用監獄における長期勾留、勾留中における強制、脅迫、偽計、誘導等による虚偽自白調書の作成、公判における自白偏重主義、調書裁判主義による有罪認定という一連の経過である。」
あと少しで「調書裁判」から脱却できます。
そのためにできることはなにか?
弁護人が乙号証「不同意」の証拠意見を述べることです。
【参考情報】
・「原則黙秘」について、司法研修所の元刑事弁護教官の記事を集めました。
司法研修所教官 経験者座談会〜「司法修習のいま」と「弁護教官の仕事」〜
古田 茂(49期) 洞澤 美佳(51期) 横田 高人(52期) 北川 朝恵(57期) 長谷川 卓也(52期) 柳楽 久司 (54期)
古田茂弁護士(元刑事弁護教官)「今の刑弁教官室では、まずは黙秘から考えるという指導をしていることは、実務修習の方でも理解しておいてもらいたいと思います。どんな事件でもまず黙秘を原則とし、供述させる理由、必要性があるかどうかを考え、例外的にその必要があるときにのみ供述を選択する、という指導をしているわけです。これは刑弁教官室がとんがったことを言っているわけではなくて、本来の在り方を確認するものですし、可視化の時代になってそれが以前よりは容易になったということもあります。日弁連の研修でも同じようにやっています。」
妹尾孝之弁護士(元刑事弁護教官)「刑事弁護修習の最前線~20年目の司法修習~」
「原則黙秘」
(その1より引用)
模擬接見を通じて修習生に解説したのが「原則黙秘」の考え方である。(中略)
この「原則黙秘」の考え方は、取調べの可視化が導入された後、可視化時代に対応した弁護実践を重ねるうちに固まってきたものであるが、各修習地で個別指導に当たる指導担当弁護士とは温度差を感じることもある。
弁護教官が、担当クラスの修習地に赴いて各単位会と行っている意見交換会でも、議論になることがあった。これらの意見交換会での議論では、「『原則黙秘』=何が何でも黙秘させる」といった誤ったイメージが持たれているようにも感じた。(以下略)
(その2より引用)
「原則黙秘」とは、読んで字のごとく、取調べへの対応は黙秘を原則とし、黙秘を解除する条件がそろった場合に限り、黙秘を解除して供述することとすることをいう。被疑者が被疑事実を否認しているか、認めているかは問わない。
黙秘を解除することで有利な処分が見込まれる場合など、「黙秘解除の必要性」が認められる場合には、黙秘を解除することも検討することになるが、その場合でも、弁護人の責任において本当に黙秘を解除してよいのかを十分に検討し(「黙秘解除の許容性」)、黙秘を解除すべきと判断した場合には、被疑者に対し、何を、どこまで、どのように供述するのかを明確に指示するなど、被疑者に対して具体的で適切な助言をしなければならない。黙秘を原則とする理由は複合的であるが、
①黙秘権は憲法上保障された権利であり、その権利の放棄は放棄する積極的な理由がある場合に限り、例外的に行われるべきであること
②取調べにおいて供述することのリスクとして、被疑者が真実を話して弁解をしているのに、事件について誤った先入観を持った捜査機関が、バイアスに捕らわれて、また、時には正義感に似た悪意をもって、「弁解潰し」の捜査に走るおそれがあること(その場合、参考人の供述が取調官のバイアスの影響を受けて歪められるなど、証拠関係に深刻な汚染が生じ、事後的にその汚染を除去するのに困難を極めることがある。 )
③さらに、別のリスクとして、被疑者が意図せず(記憶違いなど)、あるいは意図的に(過剰な弁解や取調官への迎合)、真実に反した供述をしてしまい、それが後に被疑者に不利益に作用するおそれがあること
④取調べの可視化が広がったことにより、黙秘を実行するための条件が以前に比べ格段に整っていること
⑤そして、黙秘権行使が「当たり前」の手段となりつつあることに伴い、裁判官の意識にも変化の兆しがうかがわれること
などを挙げることができる。
(その3より引用)
「原則黙秘」の例外的な場合、すなわち黙秘を解除して供述することを選択する場合とは、どのような場合か。
「黙秘解除の必要性」が認められる場合としては、①供述することにより、不起訴処分や略式起訴等、被疑者に有利な処分が得られると見込まれる場合②既にしてしまった誤った供述を訂正する必要がある場合③違法性阻却事由の存在等、供述の時期が供述の信用性の判断において影響を及ぼす可能性がある場合(「後出し」では供述の信用性が損なわれるおそれがある場合)④事案の性質上、供述した方が得策であると考えられる場合(共犯事件等)などが考えられる。
また、これらの「黙秘解除の必要性」を検討するに当たっては、当該事件における証拠構造を意識し、被疑者の供述が証拠構造上どのような意味を持つのか、その重要性はどの程度かといったことを考慮する必要がある。例えば、故意が重要なポイントとなると見込まれるような事案では、被疑者の供述は重い意味を持ってくるということになり、そのことも念頭に置いて「黙秘解除の必要性」を判断しなければならない。
次に、「黙秘解除の必要性」が認められるとしても、当該被疑者について、本当に黙秘を解除してよいのか、「黙秘解除の許容性」も検討する必要がある。
ここで考慮する要素としては、①供述内容の正確性②被疑者の供述能力③他に取り得る方法より効果的か④余罪取調べへの波及等、供述のリスクはないか、といったことが挙げられる。
供述内容について、被疑者から十分な聴取りをし、被疑者の記憶が正確であるか、客観的証拠による裏付けはあるか、被疑者の性格や表現能力、コミュニケーション能力等に照らし、取調べにおいて正確な供述をすることが可能であるかなどを検討し、さらに、弁護人による供述録取や弁護人を通じた捜査機関への情報提供等の方法より被疑者が捜査機関に直接供述する方が効果的なのかも考える必要がある。
「黙秘解除の必要性」が認められ、「黙秘解除の許容性」も肯定される場合、実際に黙秘を解除して供述をすることになるが、その場合には、黙秘解除の狙いとの関係で、適切な時期を選択する必要がある。例えば、不起訴処分を狙って黙秘を解除するのに、満期ぎりぎりで検察官が決裁を取る暇がないというのでは遅すぎる。
「原則黙秘」とは言っても、手順を踏んだ上で黙秘を解除すべきと判断されるのであれば、早期の黙秘解除もあり得る。なお、黙秘を解除するに際しては、被疑者との間では、何を、どこまで供述するのかといったことについて、十分協議し、助言をしておく必要がある。
黙秘を選択するにしても供述を選択するにしても、被疑者に判断を委ねるのではなく、弁護人が専門家として判断を下し、被疑者には明確な指示・助言をすることが必要である。
特に、黙秘を選択する場合、被疑者が心理的な抵抗を感じることも少なくないので、黙秘の理由や目的、メリットについて十分な説明をするとともに、連日接見による早期の信頼関係構築や心理的支援を図る必要がある。最初のうちは「取りあえず、明日私が接見に来るまでは黙秘しましょう」などと、短期的な目標として黙秘を指示するといった方法も有効である。
「原則黙秘」という言葉は、かつては弁護人自身が「黙秘は例外的戦術」と思い込みがちであったところ、取調べの可視化が広がるのに伴って様々な弁護実践が模索される中で、黙秘の有効性が改めて確認されたことから、発想の転換を促すためのキャッチフレーズとして使われるようになったものである。しかし、他方で、「原則黙秘」という言葉が一人歩きし、「何が何でも黙秘」という意味に誤解され、「硬直的黙秘」とでも評すべき状況が生まれたりもしている。
「原則黙秘」は、結局発想の出発点をどこに置くかという問題であり、状況に応じて柔軟に対応することを忘れないようにする必要がある。
(神奈川県弁護士会新聞2022年10月、同年12月、2023年2月、同年4月)
妹尾孝之弁護士の「刑事弁護修習の最前線~20年目の司法修習~」そのほか連載記事。
想定弁論
集合修習の全体像
科学的証拠