ここがミスだよプラクティス刑事裁判【司法修習生向け】~刑事裁判教官室への感謝をこめて~©2024川口崇弁護士
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キキ(刑事裁判教官)「白表紙おとどけします」 ©️ 1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N |
刑事裁判教官室による情報公開の英断
「プラクティス刑事裁判」と「(同)別冊」、
「プロシーディングス刑事裁判」を公開しました。
最高裁判所の司法研修所、刑事裁判教官室による
今般の白表紙の情報公開の英断、大変素晴らしいと感じます。
2019年より法曹会から販売中ですが
裁判員裁判開始前の司法修習を受けた
旧世代の法曹が、現在の刑事裁判の白表紙を無料で
気軽にスマートフォンでも読めるようにすることで、
法曹全体のレベルアップに資するため、大いに歓迎いたします。
さて、筆者は「プラクティス刑事裁判(初版)」第一世代です。
「プロシーディングス刑事裁判(初版)」は、配布されませんでした。
改めて「プラクティス刑事裁判」と「(同)別冊」を読むと、
[仮想]弁護人と[仮想]検察官がミスをしていることを発見したので、
77期以降の司法修習生への助言として、本稿を公開いたします。
実務家から司法修習生へのエールとして受け取っていただきたいと思います。
刑事裁判教官の皆様には、
今後の白表紙の改訂作業にあたって、参考にしていただければ幸いです。
プラクティス刑事裁判の[仮想]弁護人と[仮想]検察官のミス
裁判員裁判かつ否認事件を例として扱う
[仮想]弁護人と[仮想]検察官がミスしています。
[仮想]弁護人の同意ミス
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[仮想]弁護人が乙1・乙2に「同意~」意見を述べてしまったミス |
殺意否認事件の例であるにもかかわらず、[仮想]弁護人が、AKS(乙1:身上経歴)だけでなく、APS(乙2:「被告人が被害者の腹に包丁を刺した状況」が立証趣旨)まで、「同意(審理に必要な内容は、被告人質問において供述する予定である。)」とする証拠意見を述べており、不適切な弁護活動をしています。
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裁判員裁判・通常裁判、否認事件・認め事件における推奨証拠意見 司法研修所の刑事弁護教官室は「不同意」を推奨します。 公訴事実の争いの有無にかかわらず「不同意」(22頁) 裁判員裁判か裁判官裁判かを問わず「不同意」(28頁) ※「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」(白表紙) |
①仮に、APSが自白調書であれば否認事件における「同意」は懲戒請求の危険があります(AQ先行希望をしてもアウトです)。弁護人は、自白調書(乙2)の請求却下を目指して「不同意」としなければなりません。乙2に「同意」して、もし、検察官が請求を維持すれば、そのまま採用されてしまいます。
②さらに、供述調書(乙2)に書かれた「審理に必要な内容は、被告人質問において供述する予定である。」と宣言していますが、否認事件では被告人が「供述調書とは違う供述をする」または「当該部分を黙秘する」可能性が高いはずです。
つまり、殺意否認事件において、①「同意」もミス、②「審理に必要な内容は、被告人質問において供述する予定である。」もミスです。否認事件では、注釈13の「不同意,但し任意性は争わない。」との意見にすることが適切でしょう。(なお、筆者は、否認事件において、弁護人が「任意性を争わない」宣言をすることに抵抗があるので、「任意性を争う」記載をする~任意性フォーミュラ~か、白表紙としては「任意性を記載しない」方が良いと考えます。)
プラクティス刑事裁判(平成30年9月) 29-30頁より引用。
(2)本件の証拠意見について
被告人の供述調書(乙1,2)についても,同意とした上で,「審理に必要な内容は,被告人質問において供述する予定である。」との意見が述べられている。これは,被告人の供述調書の記載内容に争いはないものの,まずは被告人質問を実施することが直接主義・公判中心主義の趣旨に沿うものであり,被告人質問において審理に必要な供述がなされれば,供述調書は重複した証拠となり,取調べの必要性がなくなるとの視点に基づく意見である。
(注釈13)なお,同様の視点から,被告人の供述調書につき,「同意」ではなく,「不同意,但し任意性は争わない。」との意見が述べられることもあり得る。
※筆者から司法修習生向けの助言
⇨特に否認事件では「不同意」以外はあり得ません。
刑事弁護教官室の「刑事弁護の手引き」では、
「不同意」意見の指導がされています。
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」28頁
(司法研修所刑事弁護教官室。75期から白表紙として配布)
被告人の供述調書は、
裁判員裁判か裁判員裁判かを問わず、
※筆者注:片方が「裁判官裁判」or「非裁判員裁判」の誤字
「不同意。任意性は争わない。被告人質問を先行されたい」として、
被告人質問を先行させるべきです。
「刑事弁護の手引き(令和4年4月)」22頁
被告人の供述調書については、
公訴事実の争いの有無にかかわらず、同意すべきではありません。
被告人は法廷にいます。被告人の供述は捜査官の作文性の強い供述調書ではなく、直接主義、公判中心主義の観点から、被告人自らが事実認定者の面前で供述することであり、弁護人はその供述を十分に引き出すべきです。
したがって、被告人の供述調書について弁護人の述べるべき証拠意見は
「不同意。任意性は争わない。採否を留保し、被告人質問を先行されたい。」です。
※プラ刑は、裁判員裁判かつ否認事件ですので、
「不同意」or「不同意。任意性を争う」が適切な証拠意見です。
乙号証不同意の証拠意見⇨
詳しくは関連記事にまとめました。
[仮想]検察官の撤回ミス
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[仮想]検察官が乙1・乙2を公判前整理手続きで撤回してしまったミス。 ※実務では、検察官は乙号証を公判まで請求を維持する。 認め事件では、AQを受けて撤回することが多い。 否認事件では、AQを受けても撤回せず法322条請求する。 |
プラ刑では、[仮想]検察官が請求を「撤回」していますが、否認事件では「撤回」は不可解です。
③「検察官は,被告人の供述調書(乙1,2)について,弁護人が同意している以上,被告人の言い分は被疑者段階と変わらないと考えられ,同供述調書の請求を維持する必要はないことから撤回したと考えられる。」(46頁)という理由で、第3回公判前整理手続期日の中で撤回しています。しかし、実務では、検察官が、公判前整理手続期日において、供述調書の請求を撤回することはありません。否認事件ですから、被疑者段階の自白とは異なる法廷供述をすることが常でしょう。まともな検察官であれば、早とちり撤回はできません。
検察官は、請求を維持して公判に進みます。公判では、被告人質問が終わり、証拠調べ終盤に、請求を撤回するか(ほとんどの認め事件)、法322条請求するか(主に否認事件)を選択します。
※村井宏彰弁護士は、季刊刑事弁護95号(2018年7月)掲載の論文で【司法研修所刑事弁護教官室編『プラクティス刑事裁判』(法曹会、2015年)では、検察官は、弁護人が同意意見を述べた被告人供述調書について、公判前整理手続中に請求を撤回している。「被告人の言い分は被疑者段階と変わらないと考えられ,同供述調書の請求を維持する必要はないことから撤回したと考えられる。」と解説されている(41頁)。しかし実務上は、被告人質問終了時まで請求を維持するのが通常と思われる。】と③を指摘しています。慧眼です。
季刊刑事弁護95号(現代人文社@2018年7月・33頁、注3より引用)
非裁判員裁判における審理の在り方―被告人質問をもっと「先行」しよう!
④否認事件では、検察官が有罪立証のために自白調書(乙2)の請求を維持して、証拠調べ終盤に法322条請求する方が自然です。[仮想]被告人が、被告人質問で自白する法廷供述をすれば(もはや「認め事件」になり)、[仮想]検察官が自白調書を「撤回」する可能性もあります(それでも、無罪の可能性を考えて、念の為に供述調書を法322条請求する検事が多いはずです)。しかし、プラ刑では、[仮想]被告人が最後まで殺意を否認する法廷供述をしていますから、撤回は不可解です。
※公判前整理手続きでいったん撤回して、AQ後(公判中)に必要になった場合には、[仮想]検察官は、法316条の32「やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつた」例外で再請求する方法が考えられますが、裁判所は、[仮想]検察官は、公判前で請求済みで、自己責任で撤回したことを理由に、例外を認めない可能性が高いです。
横浜家庭法律事務所 弁護士川口崇
〆
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